第1話 つるべ落としの桶子-4
この作品、エブリスタでも投稿中です。
内容自体はそちらの転載となっておりますので、よければそちらからも一読ください。
枝の間から、白い布きれが垂れ下がっているのが分かる。
つるべ落とし。
木の枝にぶら下がる、顔だけの化物。下を歩く者に向かってその顔を落とし、脅かしてくる。地方によっては、真下に来た人間を食べてしまうとか。
そのつるべ落としが、目の前にいるだなんて。
足元から震えが這い上がってきて、僕はそれ以上踏み出せない。腰が抜けそうになりながら、ようやく立っている状態だ。
これ以上近づけば、あの布きれの上から大きな頭が降ってくるのだろう。人を飲み込んでしまうような大口を広げて、それは僕の顔めがけて降ってくるだろう。
引き返すか?
震える足に力を込めて、どうにか後ずさる。七時なら、学校の体育館でまだバスケ部やバドミントン部が練習しているはずだ。学校まで戻れば、助かるかもしれない。
僕はへたり込みたい欲求を抑えつつ、踵を返す。するとどうだろう。さきほどまで走ってきた道が、濃霧によって完全に見えなくなっていた。霧の向こう側で、何者かが立っている。人ではなく、これまた人外のなにかがいる。そんな気がしてきて、とても戻れそうにない。
だが、このまま進めばつるべ落としに襲われるだろう。ナナの奴が朝、あんな話をしなければ、こうはならなかっただろうに。根拠不明な怒りを、いずこの友人に注いでも仕方ない。だが、そうでもしなければ、この状況を諦めてしまいそうになる。
前方には大きな木が立ち、白い布きれを垂らして僕を待っている。後方は濃霧に包まれており、引き返すことを拒んでいるかのようだ。
僕はどちらに行くべきなのか。
白い布きれをジッと睨みつけながら考えていると、急にズボンの中から電子音が聴こえてきて声を上げそうになった。スマホが、メールかなにかを着信したのだ。
そうだ、スマホだ。スマホで誰かに電話して、助けてもらおう。
そう思い、ズボンのスマホに手を伸ばそうとした、その時、
ずしゃり、
と前方から音が聞こえてきた。スマホを取ろうとして目を離した内に、なにかが木から落ちたのだ。
"顔"が落ちてきたのか?
すぐに視線を木に戻し、その物体の影を確認する。"顔"にしては、その影はやけに平たく、まるで"人"がうつ伏せになっているようだった。
いや、これは"人"だ。枝から垂れていた布きれは消え、代わりにその人自身の着物として目に映った。身長はそう高くない。
もしかして、子供か?
危険がないことを信じて、恐る恐る近づいていくと、夜と霧によってぼやけていたその物体は、はっきりとした輪郭となって現れた。
それが何者か分かったと同時に、それは慌てたように動き出した。四つん這いの姿勢から、両腕ではじくようにして起き上がる。その下半身は桶によって隠されていた。
桶に入ったまま、それは起き上がったのだ。
「君は……?」
年相応の黒くて大きな瞳が、僕を見上げていた。