第1話 つるべ落としの桶子-3
やっと補習授業が終わった。
教室を出ると、僕は階段を降りて生徒玄関へ向かう。
腕時計は七時を示しており、窓を見やれば、オレンジ色の空が宵闇に溶けていくようだった。
もうこんな時間か。電車は何時に来るんだっけ。
スマホにある検索機能を使って、時刻表を調べる。暗い中、光るブルーライトに耐えながら、僕は次の電車までまだ数十分あることを知った。ここから最寄駅までは徒歩五分で着くので、寄り道する時間はありそうだと思った。
薄暗い生徒玄関で靴を履きかえて、僕は学校を出る。その時、冷たい風が首筋をなでた。桜は散れども、未だ肌寒い時期だと感じる。昼は暑くて夜は寒くて、制服の下になにを着ようか迷ってしまう季節だ。
補習授業のせいか、少しおなかがすいた。コンビニにでも寄ろうかな。
コンビニのある方角へ、僕は歩こうとした。
すると。
キン、と耳鳴りがした。そして、熱中症になった時のようなめまいがしてきて、僕は自分の頭を支えた。
なんだ?
目の前の景色は、いつもより帰り時間の遅い通学路だ。だが、いつもより道が狭くなっていると感じる。歩いてきた方向にある校舎には、明かりがぽつぽつと点いているのが分かるが、その輪郭が、この距離にしてはずっとぼやけている気がした。
もしかして、霧が出ているのか?
すぐに、大きな顔が僕の頭上から覗き込んでいるイメージが浮かんできた。いびつに歪んだ双眸が、憐れむようにこちらを見ている、そんなイメージが。
震えている首に手をやりながら、ゆっくりと僕は上を見た。当然、顔が浮かんでいることはなかったし、いきなり飛び込んでくることもなかった。
どこか、人のいるところに行きたい。
校舎はいつの間にかなくなっていた。霧が濃くなってきていると思った瞬間、僕は駅に向かって走り出した。
リュックの中の筆箱がかしゃかしゃと音を立てている。速く走れば走るほど、暗い道は先へ先へと伸びていく。早く駅に着いてしまいたい。徒歩五分の道を、全速力で駆け抜けようとした。
だが、途中で僕は立ち止まってしまった。
見慣れない木が、道の幅以上ある枝葉を広げて、霧を抱くように立っていたからだ。