第1話 つるべ落としの桶子-2
それは、隣町の高校生が体験した、不思議な出来事だった。
高校生のT君は吹奏楽部に所属していて、毎日暗くなるまで練習していたらしい。
その日も日が暮れるまで練習したT君は、友達と途中まで一緒に帰った後、一人でしばらく歩いていた。郊外だから街灯のない道などしょっちゅう存在するため、辺りが暗くても平気ではあったのだが、なぜかその日だけは不気味に感じたのだという。なんというか、いつもより辺りが暗すぎるような。遠くの景色が霧かなにかでぼやけているような、そんな道を歩いていたらしい。
あとどのくらい歩けば家が見えてくるのか。間隔がぼやけていく中、T君はふと、前方に一本の縄が、木から垂れ下がっているのが見えた。その縄はぼろぼろで、ずっと前からそこに括りつけられていたもののように思えた。そしてT君ははっとした。
これは首つりに使われた縄なのではないか。
縄のそばに死体が倒れているような気がして、T君は怖くなった。早くここを通り過ぎてしまいたい。そう思った彼は、急ぎ足で、その木の前を通ろうとした。すると、
ぎぃ、ぎぃ、
という、声とも似つかない音が、木の上の方から聞こえてきたではないか。T君はぎょっとして、逃げたい衝動に駆られるも、足が全く動かせない。まるで地面に縫い付けられたかのように、足は一歩も踏み出せなかった。彼は木の正面で、立ち尽くしてしまったのだ。
ぎぃ、ぎぎ、
と、なにかを強くこすり合せた音が、木から聞こえてくる。真っ暗な木の枝の間で、なにかがうごめいているのか。
T君は上を見上げて、それがなにか確かめた。
その瞬間、闇の中から、大きな大きな顔が"降ってきた"。
「ぎゃああ!」
「うるせえ……」
隣で急に叫ぶものだから、耳鳴りがひどい。
それに学校の校門前で大きな声を出さないでほしかった。周りの生徒が、なんだなんだとこちらを見ているのが恥ずかしい。
「怖かったでしょ?」
「全然。というか、今、叫んだのって、絶対ナナの演出だろ」
「そうだけど。だって最近のミノはちっとも怖がらないから」
「僕がいつ怖がったさ」
ナナはどこかの方を向いて、人差し指で顎を触りながら考える。
「最初の"無数に泳ぐ金魚"の話の時とか?」
「あぁ、西高校のプールの話か。いや、あれは関心があった分、熱心に聞いていただけで、別に怖がっていたわけじゃないぞ」
「ミノが珍しく真剣な顔で話を聞いていたから、てっきり私は、彼の背筋は冷や汗でびっしょりだったんじゃないかと思ったんだけど」
「ナナの話はたまに面白いが、演出が臭いんだよな」
「なんだとー」
僕は少し笑って、ナナと生徒玄関へ入って行った。