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僕らの仕事に必要なのは…。  作者: ささべまこと
僕らの仕事に必要なのは正しい知識、丁寧な説明
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僕らの仕事に必要なのは正しい知識、丁寧な説明 3

3. 患者の家族 ーKey Personー


会社のお昼休みに、昨日話したはずの姪っ子から、再び電話がかかってきたかと思うと、単刀直入に「おじいちゃん、そんなにのんびり構えている状態じゃないと思う。」と切り出された。


 そりゃ、がんだって昨日はなしたんだから、何ものんびり構えてるわけじゃない。姪っ子にも妹にも言わなかったが、あのままだと親父は1年ぐらいしかもたないだろうというのは、医師に見せられたCT画像から読み取れた。


 姪っ子は大学院生だ。それなりにもの調べられるし、小難しい話だって理解する。電話口で流れるように自分の見解を話し、時折俺に事実確認する姪っ子の様子に、昨日、俺や妹が姪っ子に話した事から、親父の余命があと1年だという事実に姪っ子が行き着いたのだとわかるのに、そう長くはかからなかった。


 ちょっとまて、なんでわかったんだ。お前は画像もなにも見ていないはずだろう、と虚をつかれた。一緒に話を聞いた妹ならまだしも、又聞きでしかない姪っ子にどうしてその事実が伝わったのか。医師は余命という言葉も使わなければ末期がんという言葉も使わなかった。ただ画像を見せてサイズを説明し、よく効く抗がん剤があるからためしませんかと言っただけだ。俺は昔、医療事故関連の記事を書いたこともあって、ある程度の知識があったから医師の物言いや画像の情報から余命を割り出したが、そうではない親父にも妹にも親父の余命などはわかりはしなかっただろう。


 あっけにとられている俺をおいといて、姪っ子は力強く続けた。

「できることはしたいの。食事療法とか。抗がん剤治療をするなら、それをサポートするようなことをした方がいいと思うの。お母さんにも話したら、やってくれるって言ってる。」


 思わず聞き流しそうになった言葉が俺の中で引っかかった。

 …お母さんにも言った?

「おまえ、お母さんにいったのか!?」

 思わず口をついて出た言葉は、ほとんど怒鳴り声だった。

 何をやってるんだ。何のために俺が隠したと思ってるんだ。お前の母親はこれからずっと親父の世話をするんだぞ。その母親を不安がらせたら、親父にも不安が伝染するじゃないか。親父の気力が萎えたらどうするだつもりなんだ。

 いきなりの怒鳴り声に姪っ子は驚いたようで、流れるように続いていた彼女のおしゃべりがとまった。戸惑うように、「言ったけど…それがどうかした?」とか間の抜けたことを聞いてくる。

「おまえ、何言ったかわかってんのか!?」

おまえ、馬鹿なのか?どうしてこうも、余計なことをするんだろう。

「わかってるよ。お母さんはショックを受けてたけど、一緒に闘病するって言ってくれた。」

「あのなぁ、よく知りもしない人間が一年とかそういう数字を聞いたら不安になるんだ。お前のお母さんはおじいちゃんの世話をこれからするんだろう。おじいちゃんが絶望したらどうするんだ!?気力を失ったらぽっくりいくかもしれないだろう!」

俺の声に負けじと姪っ子も声をはりあげた。

「お母さんはおじいちゃんには言わないよ。私も言わない。でも、なによそれ、おじさんは知ってたの?なのにあんなに軽い感じでお母さんに話したの?」

「いっただろ、お母さんが不安になれば、それがおじいちゃんにも伝染する!」

こんなとき姪っ子は生意気だ。俺が話す後ろから被せて言ってくる。

「そういう可能性もあるけど、お母さんはおじさんが思ってるよりしっかりしてる。それに一番世話をしてくれる人だからこそ、正しい病態を把握しておく必要があると思う。生半可な気持ちで乗り切れる状況じゃないと思うよ。」

何が正しい病態を、だ。そんなこと知ってたところで何ができる。それよりは不安にならずに、心配をせずに毎日暮らしていく方が良いじゃないか。

「おじいちゃんの子供はおじさんとお母さんでしょう?二人で大事なことは共有するべきなんじゃないの?おじさんは一年だってわかってて、お母さんは知らないままだと、あとでわかった時にお母さんもショックだよ…。」

それがなんだっていうんだよ。親父が死ぬかもしれない。俺はそれが怖かった。一年後にはいないかもしれない。親父が気力をなくしたら…。今は知らないから笑っていられるけど知ってしまったら…?その方がよほど寿命を縮めるんじゃないだろうか。

そう思うと、この小生意気な姪っ子に腹がたった。なんでそんなことしてくれたんだ。

「…おまえが全部ぶちこわした。」

姪っ子は急に黙りこくった。こちらの言葉の意味を考えているのかもしれない。

「お母さんが不安になったら、おじいちゃんも不安になる。今の状況で気力を失うことが一番危ないことだろう!」

そんなつもりはなかったが、この言葉を姪っ子がどうとったかは、一瞬の後、わかった。

「わかった。わたしのせいでおじいちゃんが死ぬっていいたいんでしょ!」

叩き付けるような言葉とともに、姪っ子からの電話は切れた。

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