僕らの仕事に必要なのは正しい知識、丁寧な説明 2
2. 患者の家族 ー孫娘ー
ずっと元気で病気らしい病気もしたことがなかったおじいちゃんが、腎盂がんだと言われて目の前が真っ暗になったのは去年のことだった。
医者から説明を受けて来た母によると、数センチの塊がすでに腎臓にできていて、近くのリンパにも少し転移してしまっているようだ、とのことだった。腎盂がんと先生は言っていたと、母はいった。
母は自分にはわからないことも多かったから、一緒に聞きにいった伯父にも聞いてみたらと言ったので伯父に確かめたところ、伯父の口調はそれほど深刻なものではなく、とりあえずよく効く抗がん剤があるからそれをためして様子を見ましょうということになっている、とのことだった。まぁ、ちょっと様子を見たらいいんじゃないか、と。
そもそも腎盂がんってなんだ?腎臓がんとは違うの?数センチってどういう症状なの?
よくわからない、という不安で私はその夜、寝る間もなくインターネットで腎盂がんについて調べた。がんに関するwebページは腐るほどある。なるべく信用できるものを見なければと大きな大学病院のサイトや国立がんセンターのサイトなど、出典がはっきりしたものを選んでは読みあさった。
使用する抗がん剤の名前も教えてもらって、Google Schalorという論文検索用のgoogleで検索をかけた。治験の結果をまとめた論文が幾つか見つかった。
私が調べたことをまとめれば、おじいちゃんの状況は転移がありステージ4と呼ばれる、いわゆる末期がんであること。使用している抗がん剤の治験のデータによると、治験を受けた人の年齢が少し若めではあるが、抗がん剤が効く可能性がある人が4割。使用して効いた人も効かない人も込みでの生き残り率は、1年で半分、2年でその半分、5年ほどで2割程度というものだった。おじいちゃんの80歳という高齢を考えれば、それよりは生き残り率はわるいと考えなければならないだろう。
おじいちゃんは来年にはいないかもしれない。
伯父のあの軽い口調は何?伯父が深刻そうじゃなかったから、大丈夫なんじゃないかと言った母は間違ってるんじゃないの?家族は事態を把握できてないんじゃないだろうか…。そんな不安が私を襲った。
翌朝になって、自分で調べたことをもとに、母ともう一度話しあって内容の擦り合わせをする。論文のグラフを見せて説明したところ、母は絶句してしまった。
しかし、真実から目を背けてもいい結果が出るわけじゃない。1年で死ぬのなら、その間にできることをやるしかないのだ。もしくは、なんとかして5年生き残る2割に潜り込める方法を探し出すしかないはずだ。
がん治療の三大柱は抗がん剤、手術、放射線。しかし、ステージ4で全身にがん細胞が運ばれている状態で取り得るのは、基本的には抗がん剤だ。手術も放射線も固まったがん細胞を取り除くことが主な効果だから。
そうであるなら、基本的には抗がん剤治療を。そして抗がん剤治療に負けないための食事療法や、その他にまだ効果が確立されていないものの可能性があるのではないかと言われつつある免疫療法といった最先端治療を併用していくしかない。放射線治療も全身には無理だが、転移したがんが縮小した場合には使えるかもしれないし、抗がん剤が効かない場合に、せめて進行の速い部位をつぶしてしまうぐらいのことには使えるのかもしれない。
明らかにショックを受けている母に、「それでも2割の人は5年間生きる。ここに入れるようにできることは何でもやりたい。おじいちゃんの世話を一番にすることになるのはお母さんだから、何をするのがいいのか一緒に考えてほしい。」と伝えると、母は気丈にも「まだ死ぬと決まったわけじゃないからね。」と言った。
故郷からはなれて学生生活を送る私には、調べられる事を調べて、実際におじいちゃんの世話をすることになる母を励ますぐらいしか、実はできることがない。休みの日に見舞いにいき、その足で家事や看病をしても、毎日世話をする母とはその負担が全然違う。
おじいちゃんにしてあげたいことを実現するためには、母に協力を求め、説得し、一緒に闘病してくれるよう頼む意外に道はなかった。1年という数字にショックを受けるに違いないとは思ったが、母の強さに私はかけた。