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第19話

 まだまだ俺の攻勢は終わらない。いやね、こんなことを何故語るのか、ってのだけどね、なんでだろうな。だって表に出す場がないんだもん。今の状況を劇的に変化させようなんて思っちゃいないよ、思っちゃいないんだけど、吐き出してやろうってね、そう思ってはいるわけよ。


「なんだ、言葉が出ないようだけど、別に俺は、今更ヤンが戻ってきてほしいだとか、そんなことを言うつもりはないんだ。ただ、一つ否定しておきたいことがある。天城、お前さっき言ったな、俺に全てを忘れた方がいい、とか、なんとか。違うね、俺からしたらそんなもんはぜんっぜんっ違う! 忘れて何になる? 忘れて何が起きるっていうんだ。俺は、ヤンとの素晴らしい日々をずぅーっと心に持ち続けると共に、天城、君のような美青年に半分罠にかけられたような状態でヤンを奪われるこの惨めさもまたしっかりと心に刻むのさ──そう、いつ思い出しても、色々と、捗るために、ねっ! あー、そうそう、だから、俺はヤンとの契約を破棄する気はない。それをしちゃったら、美青年にヤンを奪われたっていうすんばらしぃ事実がまるで嫌だったことかのようになっちゃうからなっ! どうだ、分かったか、これこ──」

「気持ち悪っ!!」


 最初誰が言ったのかと思った。引きつった声、驚いた声、本当に気持ち悪そうな新鮮な気持ち悪いの声。天城だった。俺に、気持ち悪っと言い放ったのは天城! 美青年、気持ち悪いボイス、入りましたァー! 美少年担当のヤンくんの反応も、まぁ、大体同じような顔つきなので、同じようなものだろう。

 だが甘い。少し中断してしまったとはいえ、俺はこんなことで妄言の勢いを緩める気はなァいっ!


「いいか、俺は刹那主義的に生きることを天に誓っている男だ。俺は俺の快楽のために生きる、俺は俺の幸せのために生きるんだ。俺の幸せをお前にどうこう言われる筋合いはない。もっと言えば、刹那主義的に生きるということは、過去を顧みず雄々しく生きることなんだ! だからな、別に今回の選択がどうなると、それは俺の人生にとってただの通過点に過ぎないんだよ。死んだ後天国? 地獄? んなもん、その場に陥ってから考えればいいだけのこと! 今! 俺は! ヤンとの契約を破棄しないことによって、俺が生きる未来の全ての地点において、ヤンとの関係は存続し続け、過去にならないという選択を取るんだ! どういうことかお前に分かるか? 分かんないだろうなぁ、解説してやる。契約を破棄してしまったら、それは過去になっちまうんだよ。でも、契約を破棄しないで、ひたすらヤンとの関係を名目上だけでも保ち続けることによって、俺は刹那主義的な意味でヤンを俺の中に残し続けることができるんだ。だから、俺は、契約を、破棄、しないっ! どうだ、分かったか! これが俺の答えだどうだ参ったか!」

「…………」

「…………」


 部屋を包むのは沈黙。場を包む沈黙は徐々に形を変えていく。天城は片手を額にあて、何かを考えているようだった。俺へどのようにして言葉を返せばいいのか考えているんだろう。一方の俺は、勿論、この上ない達成感に包まれている。これぞ恍惚、これぞ絶頂。やったぜ。


「…………馬鹿だな」


 沈黙を破ったのはヤンだった。


「本当に馬鹿野郎だ、でも、そんなこと言ったって、分かってるだろうけど、ボクはお前のとこに戻らないぞ」


 相変わらずの冷たい表情。だが、それがいいっ!


「構わんよ、じゃ、用事はそれだけだから、俺はこのまま帰らせてもらう。いいよな、天城」


 美青年天城に言いつつ、俺は立ち上がろうとするが、天城がうんともすんとも返事をしないため、半分立ち上がろうとしたその行き場のない姿勢を元に戻す。


「…………」


 数秒待っても、天城の反応はない。何か考えているらしく、ぶつぶつと呟いているようにも見えるが……。


「なぁ、なんとか言ったらどうなんだ、もう行くぜ、俺は。別に契約を破棄しないからといって何か起きる訳でもないんだろ?」

「…………」


 それにも天城は答えない。隣にいるヤンも何も言わない。俺は最後にヤンの顔を記憶にしっかりと残しておこうとヤンを見る。整った顔だ。金髪にジト目に──美少年だ。俺のストライクゾーン直撃の最強フェイスである。そりゃそうか、俺の欲望を具現化した存在なんだからな。

 ヤン、お前は俺の中で文字通り永久に生き続けるんだ……!


 少しの間待っても、天城は返事を一向にしようとしなかった。

 俺は、これ以上待つのは無意味と判断し、一言言い残してその場を去ることにする。俺が天城の部屋から出ようとしたその時、ようやく、天城が口を開く。


「……本気なんだな、お前」


 俺は、少し、ほんの少しだけだぞ、ほんの少し、心を動かされた。何に動かされたのか、といえば、天城の天国へ行かないかなどの誘い文句に動かされた訳では断じてない。俺が動かされたのは、ほんの僅かに俺の心に残っていたであろう、ヤンへの未練であった。

 刹那、動きを止める俺。僅かな思考のうち、ヤンへの未練という確かな感情は、爆発的にその体積を増やしていく。ヤンが欲しい、ヤンを諦められない、ヤンと暮らしたい、ヤンと──

 しかし! けれども! 残念ながら、その未練もまた、俺の強い思い、強い性的興奮にとって必要不可欠なものであるということを俺をもう知ってしまっていた。ヤンへの思いが強ければ強いほど、ヤンとの契約を破棄する訳にはいかないし、ヤンとの思い出も破棄する訳にもいかない。

 この事実に結びつくまでに要した時間は、ほんの一瞬であった。故に、俺は、天城への返答を次のように行った。


「そうさ、ありがとうな」


 感謝、である。天城の顔がどんな顔になったか、ヤンの顔がどんな顔になったか、振り返らない俺に知る術はない。

 俺は、扉を開けて部屋を去っていく。誰も後を追う者はいない。後を追うのは、ヤンと天城の視線のみだろう。ヤンの視線を背中に受けつつ、俺は、俺の城へと帰っていく。俺のあるべき姿へと還っていく。

 辿り着いた先は勿論ヤンのいない俺の部屋。いや、違うな、もうヤンは俺の心の中にいる。別に美化なんかじゃない。昔を懐かしむような、そんなふわふわとした感情でもない、感傷に浸っている訳でも、己の精神を保護しようとしている訳でもない。

 ただ、俺はひたすらに満ち足りていたんだ。ヤンはここにはもういない。けれど、ヤンの存在と、そして、ヤンとの経験は俺の心に永遠に残るのである。それも、深い深い傷と共に。

 この傷は、時に、俺の心を揺さぶるだろう、けれど、それもまた人生。過去を否定するつもりなんて毛頭ない。俺は、美青年の手によって動かされた男の娘によって美少年を奪われた。この事実こそ、最高の宝物になってしまった。

 一体誰に笑われるっていうんだ? 一体誰に蔑まれるっていうんだ? 物を失うことで悦べる人間であるということを俺は知ることができたのである。


 残念だったな、クソ天使。マゾという性癖によって俺の世界は救われたんだよ。

 ……いや? 違うな。違う違う。ありがとう、天使様、あなたのおかげで俺の人生はとっても良いものになりました。


 俺は、再び一人きりの生活に戻った。ぼっちの大学生活に、とりあえずしているコンビニバイト。それに日課のゴホンゲフンな行為。

 あー、そうそう、でもな、これを悲観することなんてこれっぽっちもないんだぜ? いいか? 強く生きるんだ、刹那的に生きるんだ。ヤンとの思い出はそれこそ俺の最高級のごちそうと化した訳だ。人間どうせいつか死ぬんだしよ、別れがどうこうに拘って、ちまちまめそめそ生きるなんてどうしようもないやつのやることだぜ。

 思い返して後悔するなんてもったいない! 思い出を忘れるだなんてもってのほかだ! それこそが今の俺をつくったものなんだからな!

 生きろ、俺! 俺は、水ようかんをもりもり食べつつ、気持ちの悪い笑顔でパソコンに向かいながら、この薄暗い部屋の中で、淡々と、ぼやぼやと、考えるのであった。

 この先に待っているもの? そんなもんわかんねぇよ。でも、俺の目の前にきた瞬間、そいつがどんな姿をしているのかってことは容易に想像がつく。俺の目の前に現れるものは、どいつもこいつも、快楽の形をしてるのさ。

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