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金髪碧眼ジト目毒舌悪魔美少年が変態ドMの家に召喚された  作者: 上野衣谷
第三章「ドMに幸せになる権利はあるんですか」
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第14話

さて、ここはどこだろうか? アンサー、ここはホテルである。

 ホテルとは何か。一般的に言って、ホテルというのは宿泊するための施設であり主に洋風の旅館を指す。主な目的としては観光やビジネスによって自身の住居から離れて寝泊りする必要がある場合に利用する施設であるが──んなことはどうでもいい……。

 問題は、今、俺が、ホテルにいるということだ。いや、それだけでは問題とは言えない。何故問題か、それは、姫野さんと二人きりでホテルにいるということにある。姫野さんは慣れた手つきで受付を済ませ、俺の手を引くようにして客室へと連れ込み、俺があたふたして部屋をせわしなく歩き回ったりしている間に、冷蔵庫からか水の入ったペットボトルをを取り出し、ごくごくと自分で飲んだ後、落ち着かない様子の俺に対して、


「飲む?」


 などと、半分程水が減ったペットボトルを差し出して渡してくる。

 あ、はい、と何故か敬語で受け取る俺に笑いつつ、


「お風呂行ってくるね~」


 なんてことを言い放ち、何やらごそごそ準備をして浴室へと行ってしまう。一人ぽつんと一室に取り残された俺は、手にしたペットボトルを見ながら、窓の外の景色でも見ようかと窓へと近づいた。ここで、


「やー! やー!」


 なんて、ヤンが窓の外から挨拶してくる──なんてイベントも起こることなく、俺は、震える手でペットボトルの水を飲む。ごく、ごく。あ……


「これ、関節……」


 ひぃー! な、なにを意識しているんだ、俺っ! お、おおおちつつ、おち、おちつつけ……! 精神を統一しろ、俺は落ち着くことが出来る。心頭滅却すればなんとかかんとか……。心頭滅却したお坊さんはそのまま焼けてしまったとかなんとか……。

 俺の体から色々な汗が流れ出る。うぅん、何をそんなに焦っているんだ、俺は! もう二十なんだぞ! 大人だぞー!


「……よし」


 俺は腹をくくることにした。ええじゃないか、ええじゃないか、いやな、そもそも、姫野さんは二人きりになるためのスペースとしてこの場所を選んだに過ぎないんだ。少し前の会話を思い出せば簡単なことで、コスプレの衣装の出来栄えを俺が見る、というだけの理由なのだ。何をそんなに焦ることがあろうか。

 俺の心は少しずつ平穏を取り戻していく。気持ちが落ち着いてくると、周りの状況もよく見えてくる。浴室からシャワーの音が聞こえたり、後はー、なんだ、その。部屋の雰囲気がちょーっとエロてぃっくだったり……。

 落ち着かないという気持ちはまだあるが、だいぶそれも収まってきた。何分位経っただろうか? まだそんなに経ってないだろうか? 俺は、大きなベッドの上にぐでんと仰向きで寝転がる。天井が見える。照明はだいぶ暗い、気がする。こういうものなのだろうか。初めての場所だから分からないが……。

 嗚呼、なんと無知な俺っ!

 しかし、勢い、ってのは素晴らしいものである──。多分、酒とか入ったりしていなかったら、いくら雰囲気に流されたとはいえ、ふらふらとついてくることは難しかったのではあるまいか? それ程までに俺の脳というのはこの二十年のうちに凝り固まってしまっていたのだ。常日頃からちょびっと変態ちっくなことを考えているものの、それを現実世界で体験しようなんてことはヤンが現れるまでなかなか、どうにも、無理だという思いが頭の片隅にあったのだ。そう考えると、ヤンの存在もまた、ありがたいものである……。

 俺の意識はうとうととし始めていた。ああ、夢見心地だ。姫野さんと二人きりということが、この心地の良さを脳へと宿らせているのであろうか──? ふわ、ふわという感覚が眠気だということに気づくよりも前に、どうやら俺は眠りについてしまっていたようだった。

 ほんの短い間だったのかもしれない。

 そして、


「おはよっ」


 なんていう声がかけられているということに気づく。俺は、意識が朦朧とする中、瞼をしどろもどろにぱちぱちと動かし、目を開けようとする。

 俺が目を開けると同時に──俺の唇に何かが触れている。そして、ぬめっとした感触。


「……っ!?」


 こ、こ、こここれは、ここ、接吻──人と人が互いの唇をつけること。くちづけ。キス。

 俺は声にならない声を心の中であげ続ける。あぁ、どうしたらいいんだ、どうすればいいんですか、神様、悪魔様……!

 とっさに腕を動かし、姫野さんの体を俺から引きはがそうとする。引きはがしても、けれども、唇の感覚は消えない。まだ何かひっついているような感触が続いている。んん? どういうことだ! それに、声を出して抗議の声をあげようとしても、それさえもできないっ!

 いよいよ、おかしいぞ、ということになってきた。

 よくよく視界を見渡すと、ぼんやりしているというか、なんというか──はっきりとしない。目がおかしいのか、と思って凝らして見ても、どうにもはっきりと見えない。意識もはっきりしているようではっきりしていない。はて、俺はどこか異世界にでも紛れ込んでしまったのだろうか?


「──うして──重たいな──」


 部屋の中を見ると、いや、別におかしなところはない気がするが。立ち上がろうとしても、立ち上がれない。不思議な感覚だ。あれ、姫野さんはどこにいったんだろう? 俺の上に覆いかぶさっていたような気がしたが、どこかへ行ってしまったのだろうか?

 助けを呼ぼうにも、声が出ないことを思い出す。


「────よし、できた──」


 声が聞こえる。姫野さんの声、だろうか。しかし、いないのに。俺の視界に姫野さんはいないのに、声が遠くから聞こえるのだ。まるで意識の外から聞こえるかのような声。なんだろう? うーん、この感覚は……。

 俺の意識は、どうやら、宙に浮いているようにふわふわとしているらしかった。らしかったというのは、自分でも、良く分からないのだ。曖昧なのである。これは、なんだろうか。そうだ、これは──夢!?


「──あ」

「んー!」


 俺は目を見開いた。パチッと視界がクリアになる。今まで見えていた曖昧なぼやけたような、詳細が分からない、見ているのか見ているのか分からないような光景とは真逆の、はっきりとした現実だろうということが分かる。脳の意識も徐々に覚醒していくのが分かる。

 俺の目にまず飛び込んできたのは、俺の腹の上に跨っている姫野さん──? らしき人物の姿だ。何故らしきと言ったかというと、衣装が違うのだ。あー、つまりは、あれか、コスプレだ! 俺が、飲み会の席でちらりと見せてもらった服に着替えていたのだ。

 こんなことを考えている状況ではないのだろうが、はっきり言って可愛い。ウィッグなどはつけていない様子であるが、例えばその太ももは男の子とは思えない程にむちむちとしいて触り心地がよさそうで、上半身についても、しなやかながら、服のせいか、うまい具合に強弱がついている。何より顔だ。顔つきの女の子っぽさはなるほどオタクサークルのお姫様というだけあり、柔らか。多少化粧をしているのだろうか、俺が知る限り、女装というのを男が本気でやるとなると、通常美人系の方向へと走らざるを得ない色々な事情があるため、そういった方向の表現によって女装を成り立たせる人物が多い中、可愛い系がものの見事にまかり通ってしまうというのは流石の一言に尽きよう。

 ……って、いかんいかん、こんな感想を心の中で優雅に述べている場合ではないのだ。

 俺は立ち上がるために、にやにやと微笑んでその可愛らしい顔で俺を見下ろしている姫野さんの腰を掴み上げ、俺の上からどけるための行動に出ようとした、が──


「……!? んー!」


 あれ! そういえば、声も出ないぞ! どうなってるんだ、動かない、と言おうとしたのに、声が出ないのだ。この口の感触、口が開かない! どうなってんだ、これ!

 俺は焦ってもがくが、ほんの少し体が動くくらいで動けない。


「おーはーよー」


 言うのは姫野さん。俺の顔を覗き込みながら笑みで言う。可愛い、のだが、いや、いや、なんか、やっぱり、そんなことを考えている雰囲気ではなさそうだ。

 俺は拘束されているんだ! 縛り付けられるような形で!


「んー! んんー!」


 唸る俺を無視して、姫野さんは状況を説明し始める。


「ごめんね~縛っちゃったっ」


 きゃぴっという擬音が語尾に尽きそうな物言いで言う。やたらうきうきしてるように見えるぞ……。


「なんでこんなことー、って言いたそうな目だねっ! 心外だな~、だって、好きなんでしょ、いぢめられるのっ! だからねー、ちょーっと一服盛って、寝てもらったの~」


 にしし~、と続ける。うぅん、どういうことだ……。俺が眠ったのは一服盛られたから? あの時のペットボトルに入れたとかか? それはもうこの際どうだっていい、問題は、なんで姫野さんがこんなことをするか、だ──はっ! も、もしかして、俺の趣味趣向を把握した上で、俺の男の娘に攻められたいという欲望を全力で叶えようとしてくれているのだろうか! そうか! そうだ、そうだ、そうに違いないっ! ひゃっほー!

 俺の顔が徐々に緩んだ表情になっていったのを見てか、相変わらず俺の腹の上に馬乗りになっている姫野さんが言葉を続ける。あ、そうそう、馬乗りになっているってことは、今更ながら姫野さんの太ももとかが俺の脇腹辺りに接触する形になっているということで、何を言いたいかと言うと、その、ですね……すっごい、心地が、いいですっ、ふひっ。


「何か嬉しそうな顔してるねっ! ナニか期待してるのかな~?」


 そう言うと、姫野さんの手が俺の下腹部あたりへと伸びていく。さするように、すら、すらと動かす。俺は思わず変な声を漏らしそうになるが、我慢だ、我慢、男の子なんだからっ!


「じゃーん!」


 姫野さんが言うと、彼は何やらポケットから取り出す。あ、携帯電話。何をしようっていうんだ……?


「これで色々と撮影しちゃいまーす!」

「んー??」


 俺は首を傾げる。一体何を撮影するとうのだろうか? むしろ、今撮影されるべきは、その可愛らしい姿をしている姫野さんなのではないだろうか? 違うのか? 余談だが、俺は姫野さんのその太ももに装着されたニーソックスに挟まれたぃい~

 ──なんて悠長なことを考えている暇などなかった。事態は、間違いなく、俺が思ってもいない方向に動きつつあるようだったのだ。

 姫野さんは、まず俺の顔の横へと自分の顔を近づけて、片手でピースし、俺とのツーショットを撮影。俺が再び首を傾げていると、次は俺の全体図を撮影。更に、色々な角度から、近くから、遠くから、と俺を撮影し続ける。

 一体何を考えているんだ、と問おうにも、口を塞がれているためにどうすることもできない。俺は大人しくしていたことが失敗だったということにようやく気付き始める。


「──えーっと、次は~」


 なんと、恐るべきことに俺の服の一部が脱がされたり、脱がされなかったり、ちょっと書き表せないような、露わな状態になっちゃったり、ならなかったり、姫野さんがそれに対して手を添えたり、顔を添えたり、したり、しなかったり、そんな赤裸々な写真が次々と撮影されていっていた。


「……これー、何に使うか知ってるー?」


 姫野さんが、撮影を続けながら俺に問うようにして話しかける。もうきゃぴきゃぴとした様子はなく、まるで作業のように写真の撮影を行っていく姫野さん。あっ、そんなクールな姿もいいです、ぞくっとします、というか、よくよく考えれば、この状況にもぞくっとしてます、うひ、とかなんとか、言ってる場合じゃないんだってば! 俺!

 俺の返事がないことなんて気にせず、パシャ、パシャという撮影音の中、姫野さんは続けた。撮影のためとはいえ、ちょいちょい姫野さんの顔、ほっぺ、おてて、太もも、体、等々が俺に接触してくるのが俺の興奮材料になっていたりする。


「これはね~、君のね~、スキャンダルなんだよ~」

「んんんっー」


 スキャンダル!? なんだ、それは……。あ、これ、あれ!? もしかして、脅しとかに使われるの!? 俺はこの撮影された写真をもとに何か脅されたりするの! あれか!? 美人局ってやつか!?

 俺の心は徐々に焦りを感じ始めていた。そして、既にきわどい写真、何かと誤解を招きそうな写真が数十枚は撮影されているという事実を思い返し、更にその焦りは高まっていく。そんな俺の顔は、涙が浮かんでいただろうか、悔しそうな顔をしていただろうか、けれども、姫野さんはそんな俺を一瞥したかと思うと、にへらとした表情で言い放った。


「ばーいばいっ、またね~。あ、服は着せて置いてあげたからさ」


 ばいばい!? どういうこと! なんだ、なんだ、何をされるんだっ!

 俺はもがもがと動き、んー、んー、と声にならないうめき声をあげるが、姫野さんはまるで相手にせず、コスプレした服を脱いで着替えを始める。


「あー、でもそうだよね、ほら、僕のコスプレ衣装こんな近くで見れたんだし、ほら、着替えも見せてげるよ。いいでしょ、これくらいしてあげたら。!」


 いやいや、何も良くない、いや、ちょっと、良かったけど……良くないっ! 良くないぞー! おーい!

 姫野さんは手早く着替えると、荷物をまとめ、なんと、


「じゃ、また学校でねっ」


 とだけ言い残し、ホテルの部屋を出ていってしまったのである。……おーい。……。

 俺は、身動き取れないままに、色々と思い返していた。何をされた? 何されたんだ? というか、結局目的はなんなんだ……? 俺は怯える日々を過ごすしかないというのか。そして、何より、この今の状況、コレ、どーすんだ……?

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