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05


 クウェイがシャクシャントに来て三日目の朝。

 相も変わらず彼のために用意していた朝ご飯は手をつけられた気配はなかったが、サリドは天井の梁に向けて「クウェイ、そろそろ食べろよ」と声を掛けると、「放っておけ」と返事が返ってくるなど、嬉しい変化を見せていた。劇的ではない、でもそれは大きかった。


 午前中は外でフェルナンと約束した新しい粘土人形の体の制作に取り掛かっていた。

 森で集めてきた小枝と麻縄で芯を作り、粘土で肉付けをする。あまり大きさを以前のものと変えてしまうと、フェルナンが違和感を感じて更に動きづらくなってしまうかもしれないので、自分の記憶を掘り起こして大きさや形を似せて作った。

 顔は愛嬌をもっと持たせた。目を垂れ目に、口の両端を引き上げさせて、それもサリドの記憶の中にあるフェルナンの人間の頃の顔に似せようと努力をした。その結果何故かニヒルな笑いを浮かべた、愛嬌とは程遠いものとなってしまったのは、きっとサリドの実力不足だ。

 一番苦労するのは手だ。

 今回はリオの手を参考にするわけにはいかないので、自分の手をじっと見つめてた。

 五本の指。一つの指に三つの関節。これを精巧に作るのはなかなかに難しく、とりあえず細く指の形に成形したものを五本作って、丸く手を模した粘土につけてみるが、大変不格好なものが仕上がった。指の位置が悪いのだろうか、サリドの手と比べてみても、それはおよそフェルナンが満足するものではないだろう。自分の芸術的センスのなさに辟易した。


 自分の思いのままにならない粘土に悪戦苦闘していたためか、サリドは自分の後頭部をガシっと大きな手で掴まれるまで、背後に人がいるなど気が付かなかった。

 サリドの後頭部を掴んだその手は、力強く痛いくらいに圧迫をしてくる。

 一瞬で自分に降ってきた危機にサリドは息をのみ、自分の迂闊さを呪った。あまりにも無防備過ぎたのだ。そのツケを今からこの身に叩き込まれるのかと、身体をグッと強張らせてその衝撃に備えた。


 ところが、いくら待てども後頭部を掴まれてからの動作が起きない。

いったい何が起こっているのかと振り返り見れば、そこにはサリドの後頭部を鷲掴み、がくりと項垂れたクウェイがそこにいた。


「おぬし、何のマネだ?」


 よくも無遠慮に人の頭を鷲掴んだな、と無駄に驚かされた怒りから抗議の声を上げようとしたが、余りにもクウェイの項垂れようにその先の言葉を噤んだ。

 何事?と首を傾げると、何やらぼそぼそと呟いている。

 耳を澄ませると「あぁクソが忌々しいクソクソクソ・・・」とおどろおどろしくも呪いの言葉をエンドレスに吐いていたのだ。


「クウェイ?」


 サリドがその只ならぬ様子に声を名前を呼べば、クウェイはバツが悪そうな顔をしてこちらを見た。悔しそうな拗ねているようなそんな顔は、精悍して大人っぽく見えるはずの彼の顔を少し子供っぽく見せる。


「お前が粘土で遊んでいるのが見えて・・・」

「いや、遊んでいるわけではないんだが」


 遊ぶんでいたなど心外だ。サリドはサリドなりに芸術品を作るつもりで取りかかっていたのに、子供の遊びと同列に見られていたことに少し傷ついた。


「お前の顔を粘土に押し付けてそのまま窒息死させようと思ったんだが、その、頭を掴んだ瞬間に心身ともにそれを拒否して動けなくなった」

「お前、もっと美しく殺す方法を思いつけなかったのか?」

「美しいかどうかなど関係ないし、お前に至っては手段を選んではいられんからな。それに粘土に押し付ければ綺麗なデスマスクができて、記念になるだろう」


 デスマスク云々は本気で言っているのであればその感性を疑うところであるが、兎にも角にもサリドはそんな醜態を晒すような死に方はご免だった。仮にも女なのだ。殺されるのなら最後まで美しくいたいというのが女心というものだ。そんなことをこの朴念仁に期待する方が間違っているのかもしれないが。


「しかし美しい殺し方か・・・。考えたことも無かったが、以前仲間に『女は美しく殺してあげるべきだ』と言われたことがあったな」


 サリドの後頭部から手を離して、自分の顎に手を当てながら考え込むその様子は、至極真面目なようだった。やめてほしい、そこまで本気で美しく殺されたいなどとは思っていないのだから。


「真面目に考えんでもよい。もともと殺されるつもりもないしな」


 嘆息を漏らすと、クウェイはそっぽを向いてまたあの拗ねたような顔になった。

 

 暗殺者稼業は、評判が物を言う。

 腕が良ければ舞い込む仕事の量も質もいいだろうし、報酬だってそれに見合うものが用意される。逆に腕が悪いと悪評が出回れば依頼も激減し、仕事の質も悪くなる。報酬など雀の涙ほどのものを掴まされてそれで終わりだ。

 だからクウェイがここまで躍起になるのもサリドには納得できる。たった女一人殺せず、あまつさえ魅了の術を掛けられたなどという醜態は、一気にこれまでクウェイが積み上げてきたものを崩すだろう。今は『9番目(ノナ)』だが、もうそう呼ばれることも無くなるかもしれない。


 そんなクウェイの心の焦りを推測し、苦笑した。

 すまないとも思う。

 自分は意地が悪いという事も、この状況を楽しんでしまっている自分がいる事も。


「そろそろいいか?これを午前中に仕上げたいんだが」


 この少し重くなった空気を一新するかのように、サリドは話を変えた。そうでなくてもそろそろ作業に戻りたいとも思っていたところだった。

 クウェイの言葉を待たずに作業中の粘土人形に向かい、苦戦していた手の制作に再度挑戦した。だが、だんだんと自分の思い通りにいかないことで、もうこの作業を止めにしたくなってきた。気持ちが萎え、集中力も切れて最初の意気込みも今は毛ほどにもない。手は止まり、弄ぶように粘土の滓を捏ねくり回す。


「それ、何作っているんだ?」


 今までの一連のサリドの作業を静観してたクウェイが、唐突に訊ねてきた。斜め後ろから、覗き込むようにして作りかけの粘土人形を凝視している。


「粘土人形だ。元の身体が壊れてしまったため、新しく作り直してほしいと頼まれての」

「身体?」

「あぁ、寄り代に使う」


 そう端的に説明したものの、言葉足らずな説明ではクウェイを納得させることは出来なかったらしく、不可解そうに顔を顰めて粘土人形を凝視している。


「理由あってこの粘土人形を寄り代にしている奴がいるんだが、そいつのために作っている」


 寄り代は魂の器だ。

 理由あって肉体を使う事が出来ないフェルナンは、粘土人形を自分の身体として使っている。


「ふぅん・・・。そいつはそんな不格好なものが好みなのか」


 追加で「物好きだな」と付け加えるクウェイに、今度はサリドが拗ねた。

 ここ数回クウェイト話してみて分かったことだが、クウェイは歯に布を着せるということをしない(たち)らしい。それが『しない』のか『できない』のか、はたまたそれはサリドにだけ作用することなのかはまだこの程度の浅い付き合いでは確認できないが、その言葉に遠慮というものは見えない。


「仕方なかろう。こういうものは不得手なのでな。かといってこの島には私以外に作れる者もおらん」


 そう虐めてくれるなと言わんばかりに、クウェイを上目にジトっとした目で見つめれば、クウェイの視線は途端にサリドから外れ、目元がほんのりと赤く色づく。今のどこに赤面する場面があっただろうと不思議に思ったが、あえて深くは追求しようとは思わなかった。

 

「今は不格好かも知れんが、どうにか見れるようにしてやるさ」


 それは半分やけくそだった。こけにされてムッとしたところで実力不足なのは否めないので、大口をたたくしかなかったのが悲しい現実だ。

 くさくさとした気持ちでもう一度粘土に姿勢を向ければ、視界の脇から黒いものがスッと飛び出てきた。

 それがクウェイの腕だということに気が付いたのは、その皮の厚い無骨な手を見た時だった。


「こんなもの寄り代にしたら可哀想だろ」


 そう失礼極まりないことを言って、クウェイはサリドが作った不格好な粘土人形をいじり始めた。

 言葉は乱暴・失礼。

 でも、クウェイがそう言いながらもサリドのすることに興味を持ち、手伝ってくれることに嬉しくなった。


 器用に動く手は、デコボコに作られていた身体のラインを滑らかにし、不自然につけられていた指を元の位置にと戻してくれた。顔はこの薄気味悪い笑みを浮かべたままでいいのかと聞かれたので、愛嬌を足してくれと頼んだら、出来あがったその顔は、人間の頃のフェルナンの柔和な雰囲気にだいぶ似たものになった。

 意外にもこういうことに関しては器用に手が動くものだと感心すると、その身に纏う暗器や腰にしている短剣などは自分の手に早く馴染むように、自分で作るのだそう。特に剣の柄の部分などは、自分の手に合わせるためにミリ単位の調節をするので、こういうことは得意なのだとクウェイは説明してくれた。


 出来あがった粘土人形を眺めて、サリドは満足げな笑みを浮かべて、クウェイにお礼を言った。

 クウェイはその感謝の言葉を素直に受け取るつもりがないのか、「別に」と言ってそっぽを向いてしまった。


 最後の仕上げに水属性の術で柔軟な動きを保つために乾燥防止をし、土属性の術でその身体が崩れないように強化とコーティングをしてそれは完成した。


 思った以上の出来栄えと作業の速さにフェルナンも驚くのではないかと、これからこれを見せることが楽しみになってきた。


「さて、そろそろ昼時じゃな。クウェイ、どうだ?一緒に食べぬか?」


 今回の事でお礼も兼ねてと思ってクウェイにふると、クウェイは顔を顰めて、つれなく「調子に乗るな」と言い捨ててあっという間にどこかへ去って行ってしまう。


 そう簡単に馴れ合ってくれぬか、とサリドは苦笑しながらその背中を見えなくなるまで見送った。




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