03
サリドは思いつく限りのおもてなしをした。
食事のたびに声をかけたし、寝る時も一緒に寝ないかと声をかけたものの、梁の上にいるであろう暗殺者からは一切の返事はなかった。出された食事にも手をつけている痕跡はないし、ベッドに潜り込んでくることも、床に置いた毛布も使うこともない。
ただひたすら管梁の上にいる。息を潜める様に、気配を消すように。そこにいると影食みはサリドに教えてくれるものの、それすら疑わしいと思ってしまうほどに微動だにしないのだ。
だが、ふとした時に突き刺さる殺気がサリドを貫く。ほんの一瞬のものだが、それは紛れもない殺意で、彼が本来の目的を遂げようとしている瞬間。威嚇か脅しの類なのかは知らないが、とにかくいまだサリドを殺すことは諦めていないらしい。
その抵抗がいじらしく感じてしまうのは、サリドの性根の問題だろうか。手負いの獣を手懐けているような感覚なのかもしれない。一切懐く素振りなどは見せはしないが。
緩慢にただ流れゆくだけだった日常に捩じ込まれた非日常は、サリドにとって嬉しい刺激になっていた。
暗殺者がこの島にやってきて次の日の午後。
小屋の脇にある小さな畑にサリドとリオは来ていた。
そこでは薬の調合に使う薬草を育てていて、今日はその畑に生えた雑草を抜いていたところだった。
霧のせいで陽の射さないこの畑は、サリドの魔法によって陽の光と似た光が生み出されて、それによって育っている。木材で枠組みを作り、それを大きな布で覆った簡易のビニールハウスのようなものの中で畑を作って、その中で照明よろしく魔法の光は明かりを灯してくれているのだ。
ちなみにリオは畑の脇のにサリドが揺り籠を持ってきて、そこでお昼寝をしている。リオにも手伝わせたいところだが、どれが薬草でどれが雑草なのか分からないリオは、どの草も一緒くたに抜いてしまうので、こればっかりは手伝わせることが出来なかった。質の悪いことに、遊び半分で抜いてしまうのだから始末が悪い。薬草を磨り潰すとか単純な作業などは出来るのだが、まだ頭を使う選別作業はリオには難しい。ゆくゆくはそれも教えていかなければいけないのだろうが。
そんな折に、サリドに来訪者が来た。
「やあ。相変わらず君の魔法は見事なものだね。植物が育ちにくいこの島で、ここまで立派に薬草を育てることが出来るのは君くらいなものだ」
そうお世辞を言ってハウスの布と布の合わせ目から顔を出したのは、粘土人形だった。
おそらく人間を模したものだろう。だが、その形は歪で、どこか埴輪を彷彿とさせるような形をしている。サリドの膝丈ほどしか高さはなく、その顔は目と口であろう穴が開いていて、手足はあまり機能性を期待でいないようなのっぺりとした仕上がりになっている。その頭にピンクの花が乗っているのは、きっとこの粘土人形の家族の誰かの仕業だろう。
「生活の糧だからのう。必死に育てているんじゃよ。して、どうしたフェルナン」
雑草を抜く作業を中止して立ち上がり、服に付いた土を手を払いながら入口にいたフェルナンの元へと行くと、フェルナンも「お願いがあって」とサリドの方へと歩を進める。
「明後日カネコがここに来るだろう?カネコにこれをお願いしたいんだ」
親指しかない丸い手で一枚の紙を差し出してくる。開いて見てみると日用品や調度品、嗜好品もあるし、後は魔道具や実験道具等が書かれていた。
カネコはこの島にくる商人の名前で、サリドの小屋の脇に佇む屋敷に住んでいるフェルナンもこうやってサリドを通して、カネコにあれこれを頼んでいた。
「これはまた多いな」
「ダニエルやアリスが暇していてね。島の外にも出れないから、あれもこれもと言い出して・・・」
その表情は粘土人形だから変わらないが、声色が申し訳なさそうに尻つぼみに消えていく。
「構わぬよ。今回多めに薬をカネコに渡す故、多少無理を言っても許されるだろう」
あの二人が騒いだのなら仕方がない、とサリドはフェルナンに笑う。サリドも言い出したら聞かないあの二人の頑固なところは承知しているから、その時の情景が容易に想像できる。
そんなに畏まる必要はないとサリドは場面場面に思う。このフェルナンのお陰でシャクシャントに居れるのだから。
「ありがとう。その分の代金なんだけれど、後で屋敷に取りに来てもらってもいいかい?持ってきたかったんだけど、重くて腕が取れそうになるんだよ。というか、もう取れ掛けてしまったんだけどね」
差し出す彼の左腕を見ると、ひびが入って取れ掛けている。この紙に書いてある量を買えるほどの硬貨だ。結構な量だし、それゆえに重かったのだろう。所詮は粘土。しかもこれはサリドがだいぶ昔に趣味半分で作ったものだ。実用性には富んではいない。
「わかった。それとその腕も直しておこう」
「助かるよ。ついでに、・・・あの、我儘言って申し訳ないんだけれど、出来れば手に指を五本つけてもらえるとありがたい」
そう言われて初めて気がついた。確かに今の親指しかないその手では、何かと不便であっただろう。
「・・・すまない。私は芸術的な方面はどうも苦手でな。気付かんだ。確かにもっと人間のものに似せたほうがいいな」
ちなみにこの手はリオの手を参考に作ったものだ。リオはあの丸い手と短い親指のみでいろんなものを掴んでいるのを見ていたから、それが使いづらいとは考えも出来なかった。そう考えると、リオはどんなメカニズムであんなにも器用に物を掴めるのでろうかと、ふとサリドは疑問に思う。
「それならば新たにその体を作りなおそう。今度はもっと機能性を重視したものにいたすよ」
「こちらこそすまないね。よろしく頼むよ」
では後ほど、とフェルナンはハウスから出て屋敷へと帰って行った。
フェルナンにもらった紙をスカートのポケットに入れて、畑の隅っこにある揺り籠で寝ているリオの様子を窺うと、リオのあの小さく円らな瞳はしっかりと開いていた。いつから起きていたのだろうか、サリドの顔を見ると機敏に起き上がる。
「フェル、フェル、フェルぅ~」
先ほどまでフェルナンが来ていた、と言いながら揺り籠の中でごろごろ転がる。転がることで揺り籠が左右に揺れる感覚が面白くて、何度も繰り返した。
「ええ。そのフェルナンのために少し野暮用が出来ました。どうしますか?一緒に来ますか?」
リオはごろごろ転がるのをやめて、揺り籠から飛び降りると、サリドの足元でスカートを引っ張って入口のほうへと促してくる。リオも一緒に行くということだろう。
「はい。では参りましょう」