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「Shift the earth」10円
人類の発展の末、地球温暖化が深刻な状況となっている。世界の平均気温は四十五度を超えていた。
連日の猛暑は、多くの植物を枯らす。
さらに、海水温の上昇で、海の生き物は壊滅状態となっていた。
海からも陸からも、人類の食料確保は限界を迎えていた。
しかし、人類も指を加えて見ていたわけではない。
バイオ科学者は、高い気温で成長する作物を生み出すため、遺伝子組み換えの努力を重ねた。
気候学者は、日夜気温を下げるための研究に没頭する。人類は、自然に抗っていた。
ある街に、A氏という少年がいた。A氏は、星を観察するのが趣味で、宇宙が好きだった。
A氏の父は、気候学者である。A氏は父の背中を見て、同じ気候学者になりたいとは思わなかった。
それは、父が休日も研究に没頭するためだ。
A氏が父を誘おうものなら。
「遊びに連れて行ってよ」
「今日も仕事だ」
「新しい遊園地ができたって」
「次は行くから」
「この本読んで欲しいな」
「出掛けてくる」
何かしら言い訳をするのが、父の返事だった。
A氏の行事である、運動会、参観日、入学式、卒業式には来た試しがない。
「どうせ、来ないんでしょ」
「すまんな」
父にも事情があった。公の危機管理委員会から、気候学者に圧力がかかっていたのだ。父は、人類のために休む暇などなかった。
そんな父を見て、A氏は母に愚痴を言う。
「どうして、父さんは僕のことを一番に考えてくれないの?」
A氏の母は、いたって普通の専業主婦。A氏のことを不憫に思い、父の分も愛してくれた。
「父さんは、一生懸命働いて、私たち家族を守ってくれているのよ」
「ふーん」
「だから、父さんのことを悪く思わないでね」
「わかった」
「うふ、良い子ね」
A氏は母の愛によって道を踏み外さず、真っすぐに進むことができた。将来の夢は、父とは違う天文学者だ。
子供時代の思い出が、よほど堪えたらしい。気候学者という仕事が憎くてしょうがなかった。
夜になると、A氏は望遠鏡を覗いた。
「僕は、父さんとは違う道を歩む」
両手を重ね宇宙に誓う。
「父さんと地球温暖化の戦いを終わらせてやる」
人類が移り住める星を探し出して、父の仕事を奪うつもりだった。
時は過ぎ、A氏は横品大学の卒業論文で、興味深い文章を書いていた。
現在、人類の住める星は、探査機による調査では見当たらない。遠く未開の地に存在したとしても、移動できない。ここに、移動するための条件を三つ提示する。
一つ目、人類は、宇宙で子孫を繁栄できない。無重力での男女の結合は、難易度が高い。さらに、宇宙線と放射線による影響で、母親が受胎できたとしても、正常な人間が生まれる可能性は低い。
二つ目、コールドスリープの技術革新により、人間を仮死状態にすることは可能となったが、長時間の仮死状態により、起き上がるための筋肉と骨の喪失。宇宙では、老人の十倍の速度で骨密度が低下する。寝たら最後、起き上がれない。
三つ目、宇宙ゴミと隕石の存在。直径二十センチの大きさであっても、高速でぶつかるゴミたちは、ミサイルに等しい。宇宙船の壁に、穴を空けることは容易いだろう。もちろん穴が空けば、酸素は宇宙に放出され、人類は死にいたる。
A氏は、子供の頃から宇宙旅行の問題に悩み、答えを考え続けた。その結果が、人類の移り住める星の該当なし。人類の長期における、宇宙旅行不可能の事実だった。
A氏は卒業論文を持ち帰り、父に見せた。それは、A氏なりの敗北宣言だった。
父は、卒業論文を読むと小馬鹿にして笑った。
「それみたことか、気候を研究するのが一番だ」
「ちくしょう……」
「今からでも気候学を勉強するべきじゃないか」
「やめておきます」
側にいた母も、卒業論文が気になった。
「見せてもらっていいかしら?」
「どうぞ」
卒業論文に目を通すと、とてもがっかりした。
「なんだか残念ね」
「母さん、期待はずれでごめんなさい」
「あんなにも、広大な宇宙に無いなんて」
「そうなんだ……」
A氏は自信を失い、二階へあがった。
リビングに残された父は、つぶやいた。
「少しでも、考え直してくれればいいが」
A氏は、自室に籠った。ベッドで仰向けに寝転がる。
人類はこのまま、暑い地球と共に絶滅するのだろうか。
天井のプラネタリウムが、涙でぼやけて見えた。
「僕はどうすれば」
答えが見つからないまま時を過ごし、横品大学を首席で卒業する。やがて、天文学者となった。
A氏は天文学者として、スタートする。来る日も来る日も、宇宙を探求した。小さな小惑星から千億個の銀河のことまで、果てしなく広がる宇宙は興味がつきない。
ペテルギウスについて、このままいけば超新星爆発で、中性子星になるな……。爆発のエネルギーは、地球の電磁波を狂わせる可能性がある。電子機器に、注意が必要だ。
月について、少しずつ地球から離れているな。地球の自転がわずかに遅くなっているのが証拠だ。やがて、潮の干満にも、多少の影響がでる。
太陽系について、惑星間の距離を測るのも、天文学者の仕事だった。300年以内に、M583小惑星が地球にぶつかる確率は7パーセント。もしぶつかるとしても、どの辺りかを特定せねば、被害は最小限に抑えないと。
基本は、宇宙災害を予測し人類に発信していた。
休日、A氏は王国図書館で本を探していた。
王国図書館には、数えきれない本があり、あらゆるジャンルが揃っていた。
図書館の南東に位置する科学コーナーで、宇宙に関わりがありそうな本を探す。
三段目のタイトルを見ていると、地動説が目に入った。
ガリレオが唱えた地動説なんてあったなー。
「ん、地動説?」
頭から地動説が離れない。
待てよ。
地動説の本を、棚から抜き取る。パラパラとめくった。
地動説と言えば、ガリレオが手作り望遠鏡を使って、土星を観察。衛星の動きから、地球が自転していることを証明したんだよな。
地球が動いている?
そうだ。
仮に、地球を動かせるとしたら。地球移動説の可能性。
頭をフル回転させる。
考えてみれば、単純なことだった。地球を動かせばいい。
地球を動かせば、地球の気温は冷えるだろう。
ペンでメモをとり始めた。
メモ紙に、一般人に理解できない数式が並ぶ。
「地球が冷えれば、父を超えられる」
A氏の胸は鼓動を打ち、興奮してきた。
「太陽と地球は、一億五千万キロメートルの距離を離れている。その距離から、気温変動の影響を考えて、約三十八万キロ動かせば、地球は救われる」
次から次に、ペン先が自然とはしった。
「すごい発見だ」
A氏は、食事を忘れ没頭した。
今後の地球をどうやって冷やすか、各業界の代表を集めた会談が開かれた。幸運なことに、A氏も選ばれた。
地球がテーマのわりには、狭い会議室だった。テーブルに、四つの椅子が備え付けられている。各席、お茶も置かれていた。
メンバーは、天文学者のA氏、宇宙開発研究機構の研究員B氏、気候学者のC氏、バイオ科学者D氏が集まる。
B氏が進行役となっていた。
「それでは、みなさん発言してください」
C氏が発言した。
「二酸化炭素を減らすべきだ」
D氏の意見も飛ぶ。
「いいや、人間の遺伝子を組み替えて、進化を早めることが先決だ」
B氏は別の意見を言った。
「それよりも、オゾン層を人の手で作ればいいのでは」
D氏は、猛反対する。
「もう一度、太古の自然に地球を戻されるおつもりで?現実的なのは、高い気温で成長する作物を作ることですよ」
会議は平行線をたどる。
そんな中、A氏はとんでもない一言を発言した。
「地球そのものを動かしましょう」
こいつは、何を言い出すのか、全員が黙りこんだ。
誰もが、A氏は正気じゃないと口にした。
「無理でしょう」
だが、A氏は本気だった。
「あなたたちのやろうとしていることでは、根本的な解決にはいたらない。二世紀前のエコだの省エネだと、先人たちの延命処置が教訓となってないじゃないか」
C氏が怒鳴る。
「延命処置だ?」
D氏が机を叩いた。お茶のしずくがこぼれる。
「先人たちの研究を、無駄だとおっしゃる?」
B氏が二人をなだめた。
「まあまあお二人とも、詳細を聞いてみようではありませんか。A氏、地球をどうやって動かすと?」
「すでに、イメージは出来ております」
A氏は、パソコンとプロジェクターを繋ぎ、スクリーンに映した。自動的に、部屋の明かりが調整される。
「スクリーンをご覧下さい」
熱を帯びた地球が映し出される。地球の中心にエンジンが取り付けられ、火を吹く。同時に、地球が動いた。
熱を失った地球が残り、映像は切れた。
C氏は反対する。
「こんな巨大な火を吹けば、地球の気温がさらに上昇しそうじゃないですか?」
A氏も反論する。
「例え、気温が数度上昇しても、移動後は大きく低下しますので、たいした問題ではありません」
「……」
D氏の反対もあった。
「一ついいですか、こんな大きなエンジンを誰が作れるのですか?」
A氏は反論した。
「宇宙開発研究機構には、火星へ片道飛行したワッセルMVAエンジンがあると聞きましたが」
B氏は答えた。
「ありますね。しかし、到底地球を動かす力なんて」
A氏も引きさがらない。
「これを小惑星規模の大きさにしてください。それならば、可能です」
B氏は、思わず席を立つ。
「A氏、無茶ですよ」
「あなたなら作れますよ。いや、作って頂かなくては」
「他の選択肢はないのでしょうか」
「延命処置を、このまま続けていくのであれば」
B氏は、しばらく沈黙した。
再び開いた唇は震えていた。
「挑戦するしか道はないのですね。みなさん、異論はありませんか?」
「……」
他の二人は、不満を腹に溜めこんだ。
「以上で、解散といたします」
会議が終り解散となった。C氏とD氏は、納得してない表情のまま退席した。
B氏がA氏に握手を求める。
「A氏、また後日お会いしましょう」
「はい」
A氏とB氏は握手を交わす。お互い強力なパートナーとなった。
後日、A氏は宇宙開発研究機構の研究員、B氏の元を訪れた。宇宙開発研究機構の建物は、ロケットをモチーフにしたデザインだった。
真下で見ると、立派な建物だな。
正面の自動ドアから入り、受付を済ませる。
「いらっしゃいませ」
「天文学者のAです」
「確認いたします。少々お待ち下さい」
受付の女性が、B氏と連絡を取る。
「A氏が来られました」
「ええ、はい」
女性の表情から読み取れる問題なさそうだ。
「確認が取れました。A氏こちらへどうぞ」
受付の女性が、壁の地図を指し、開発スペースの行き方を説明してくれた。
「ここから、突当たりが開発スペースになります」
「どうもありがとう」
A氏は説明を頼りに、開発スペースへ向かった。問題なく辿り着き、横にスライドする頑丈な扉を動かす。
「Aです失礼します」
中に入ると、筒状の部品やら、太いケーブルが乱雑に置いてあった。
「これは、すごいですね」
B氏は忙しそうに、複数のモニターをチェックしていた。
「迷わずこられましたか?」
「はい、受付の方から親切に教えていただきました。どうですか、新しいワッセルMVAエンジンは?」
「これはほんの一部です。人間で言えば、脳みそでしょうか」
「なるほど、巨大な作りになりそうですね」
「小惑星ほどの大きさですから、全身なんていうのはもう」
「いやー、想像できませんね」
さっきまでのB氏の笑顔が、急に曇った。
「A氏、実は問題がありまして」
「どうされました?」
「資金が足りません」
「資金ですか」
「そうです」
資金が足りないのは当然だ。これだけ大規模なプロジェクト、今まで無しでできていたのが不思議なくらいで。
「知り合いを、あたってみましょうか」
「よろしくお願いします」
「また後日」
A氏は、開発スペースを後にした。
A氏は、国や企業を駆けずり回った。特に、地球が冷えることで得をする発展途上国、国営の発電所、鉄工所、石油会社から支持された。石油会社の社長の話。
「我々も地球温暖化には、手を焼いていた。A氏の地球移動の話、期待しています」
A氏は一礼し、頭を下げた。
「ご協力感謝します」
これだけの資金があれば、B氏の開発もすすむだろう。
多額の資金が集まった。
再び、B氏を訪れた。
「A氏、資金はかなり難航したんじゃないですか?」
「そうですね。反対する人も、結構いましたから」
A氏は、B氏に誓約書と小切手を渡す。
「B氏、サインをもらっていいですか?」
「構いません」
B氏は誓約書にサインした。
「A氏、もう一つお願いしていいですか」
「何でしょうか」
「地球を動かすには、莫大なエネルギーを必要とします」
「今度はエネルギーですか?」
「今までとは次元の違うエンジンですので、エネルギーの必要量も半端じゃないんです」
「わかりました」
「ありがとうございます」
「B氏、しばらくお待ちください」
A氏は、開発スペースを後にした。
A氏は、会社へ戻り、バイオ科学者のD氏に電話をかけた。
三コール目で電話がつながる。
「もしもし」
「Aです」
「ああ、この前地球を動かすと、大口叩いた人ですね」
「この前は、失礼なことを言って申し訳ありませんでした」
「ほー、突然の開き直りはなんでしょうか」
「実は、ワッセルMVAエンジンのエネルギー確保の問題が起きまして」
「そうでしょうね」
「何か心当たりはありませんか」
「あったような気もするが、思い出せませんね」
「確かD氏、国産のウナギがお好きだとか、今日送ります」
「これはこれは、ご丁寧に。そういえば、月の隕石に、秘められたパワーがあると聞いています」
「なんと月の隕石が?」
「二千年前、月の隕石が虎大陸に落ちたそうです」
「その虎大陸がわかりますか?」
「FAXで資料を送りましょう」
「助かります」
A氏は、電話を切る。早速、FAXから資料が送られてきた。
資料に目を通す。
「なるほど、使えそうだ」
読み進める。
「調べてみよう。虎大陸へは、飛行機が望ましい」
A氏は車を飛ばし、空港へ移動した。飛行機に乗り、虎大陸を目指す。
長距離を飛び終え、虎大陸の空港に着いた。
「使えるエネルギーだといいが……」
レンタカーを借りる。月の隕石の手がかりを求め、資料に書かれてあった村へ走らせた。
原住民が住んでいる村だった。
「どうも」
「?」
村人と話すが、言葉が分からず会話にならなかった。たまらず村人が、村長を連れてくる。
村長が、A氏に話しかけた。
「ワタシガ、バレバレゾクソンチョウ」
村長は教養があるのか、なんとなく意味が伝わる。
「初めましてAです」
「ドウシテココヘ?」
「月の隕石を探しています」
「ツキノイシ、ボクラノカミサマ」
「え、月の隕石は、この部族の神様なのですか?」
「ソウデス」
「これが無いと地球は、滅びてしまいます」
「カミサマイナクナル、バレバレゾクオシマイ」
「そんなことは絶対にありません、僕が守ります」
「アナタマモル?ドウヤッテ?」
「僕にできることがあれば」
「ソウカ。コマッタコトアル、アメフラナイ」
「雨ですか」
「イネカレル」
「わかりました。少々お待ちを」
鞄から、衛星電話を取り出し、気候学者C氏に電話を掛ける。
「もしもし」
「どなたですか?」
「Aです」
「この前の人?」
「はい」
「何か御用で?」
「雨を降らせてくれませんか」
「何を突然言いだすのですか!」
「実は、ワッセルMVAエンジンのエネルギーの調達に来ていまして、雨を降らせないと、そのエネルギーが手に入らないのです」
「それで?」
「ですので、力を貸して頂けませんか」
「お断りです。敵に塩を送るほど馬鹿ではありません」
ガチャ、電話は一方的に切れた。
切られるのも、当たり前だった。地球を動かせば、気候学者の温暖化を阻止する仕事が奪われるのである。
A氏は、動揺した。
「村長、すぐには無理です。時間を下さい」
「ムリナノデスネ」
「あ……」
村長は冷たい反応を見せた。
「オカエリクダサイ」
「また来ます」
A氏は一旦諦め、空港近くのホテルに泊まった。
A氏は、シャワーを浴びる。
なんということだ。
気候学者C氏の協力は難しい。
ここに来て、大きな壁にぶつかった。
「こんなことなら、敵対するべきじゃなかった」
頭を抱える。部屋のテレビが、虚しく点いていた。
期待せず、衛星電話の電話帳を眺めていた。
誰かいないだろうか。
ア行、カ行、サ行。
タ行、武田、田中、チカ、父。
「父さん……」
父は、気候学者のOB。頼るのは大きな抵抗があった。しかし、他に良い方法も見当たらなかった。
抵抗を打ち消し、父に電話を掛けた。
「はい」
電話を握る手に、緊張が走る。
「Aです」
「久しぶりだな」
「お久しぶりです」
「どうした?」
何を話せばいい。父は、長電話が好きじゃないはず。
そうだ。
「飲みませんか?」
「いいぞ」
父は、A氏の思いを感じていた。
「では、明後日そちらへ伺います」
「わかった」
相手から通話が切れた。
しばらく、A氏の手が震えていた。
早朝の飛行機に乗り込む。公共交通機関を乗り継ぎ、長年顔を出さなかった実家へ向かった。
家の呼び鈴を鳴らす。
「はい」
懐かしい声だった。
「Aです」
「お帰り」
「ただいま」
母は、A氏を迎え入れた。最後にあった時より、腰が曲がり、白髪としわが増えていた。
会わない間に、月日が流れたのだと感じた。
父は、テーブルで待っていた。A氏も向かいの椅子に座る。
母が父のグラスにビールを注ぐ。A氏のグラスは空のままだった。
父のほうが先に口を開いた。
「地球を動かすそうだな?」
「そうです」
「気候学者の仕事を奪い、さぞ嬉しかろう」
「……」
「今日は、父を笑いに来たのか?」
「いえ」
「見事じゃないか。地球を動かして、地球を冷やすなんて考えもしなかった」
「その話じゃないのです」
「ならば何を?」
「一つだけお願いしていいですか」
「何だ言ってみろ」
「バレバレ族のために、雨を降らせてはくれませんか?」
「それはできない」
「どうしてです」
「気候学者としての私が許さないのだ」
「父さん……」
父は、グラスのビールを一気に飲み干した。
「だが、私はお前に何もしてやれなかった。行事の参加や、遊びにも連れて行ってやれていない。今は、後悔している」
「昔のことはもういいよ。ほらこの通り、父さんのお陰で大きくなれたんだ」
A氏は、父のグラスにビールを注いだ。
「すまんな」
父はグラスに口をつける。飲むと、グラスをテーブルに置いた。
「お前も飲め」
父からビールを注がれ、A氏はビールをいただいた。
「気候学者ではなく、お前の父として協力させてくれ」
「父さんありがとう」
二人の世界に、母の明るい声が割って入った。
「お寿司もあるわよ」
翌日、父がC氏に話をつけてくれた。
A氏は、C氏気候学者たちと、現地の村に着いた。
「こんにちは、Cです」
「ワタシガ、バレバレゾクソンチョウ」
「お困りでしたよね?」
「コマッタコトアル、アメフラナイ」
「任せてください」
大きな煙突のある機械をセットする。電源を入れると、煙突から水蒸気が発生した。水蒸気が、雲に育っていく。やがて、カラカラに乾いた大地に雨が降った。
「アメダアメダアメダ」
「良かった」
バレバレ族の村長からお礼を言われる。
「アナタハ、イノチノオンジン」
「私の力ではありません。気候学者の人たちのおかげです」
C氏は、自らの胸を右手で叩く。
「プロですから」
「ナルホド」
「ところで石の件ですが」
「カミサマ、アノヤマニアリマス、チキュウスクウタメニツカエ」
「いただきますね」
A氏は、山に登り。月の隕石を発見した。
「よし、お願いするとしよう」
衛星電話で、石油会社の社長と話す。
「月の隕石を動かしたいのですが」
「了解した」
一ヵ月後、石油会社から重機が運びこまれ。月の隕石の採掘を始めた。
六年の歳月を費やし、B氏は巨大な小惑星規模のエンジンを作り上げた。その名も、シフトジアース。
使われる新エネルギーは、月の隕石から抽出したヘリウム3。プルトニウムよりも、強力な核エネルギーだ。人類にとって、何度も滅亡の危機にさらされた原子力こそが最後の切り札だった。
シフトジアースは、地球の自転を阻害しないように、地球のへそと呼ばれる熱帯地域へ設置された。そこは、地球の中心である。
いよいよ、準備が整いシフトジアースを動かす日がやって来た。
世界中の人々が、衛星からのテレビ中継に釘付けとなった。
B氏は、小惑星エンジンを始動させた。
「シフトジアース始動!」
A氏は、その姿を鳥に例えた。
「地球に、翼が生えたようだ」
シフトジアースは、爆音をたてて太陽の重力と戦う。
「がんばれ!」
世界中がシフトジアースを応援する。
「がんばれ!」
懸命に出力をあげ、太陽の重力に抗う。
「がんばれ!」
煙がエンジンからあふれる。ここまで来たら、やり遂げてほしい。人類は願った。
「がんばれ!がんばれ!がんばれ!」
地球が揺れた。
「動いた」
地球が、太陽から離れていく。
太陽の呪縛から地球が解放されたのは、何億光年ぶりだろうか。
気温を下げ過ぎないよう、慎重に距離を稼いだ。
「そろそろ目標地点だ」
目標通り、三十八万キロで停止させた。
太陽と離れたことで、世界の平均気温は十六度下がり、三十度となった。
世界中が歓喜の渦に包まれた。
「地球は救われた」
「ありがとうA氏、B氏」
地球移動説は成功した。
各新聞社は号外を刷り、街角で配る。
一面のタイトルは、天文学者のエリート、ガリレオ越えを果たす。
祝賀パーティーが開かれ、A氏とB氏は英雄と称えられた。
「A氏、地球の移動を成功させた。今のお気持ちは?」
「私一人では、不可能でした。仲間のおかげです」
「仲間ですか?」
「B氏、C氏、D氏、関係者の皆様のことです」
「なるほどですね。ところで、お父様が気候学者とお聞きしましたが?」
「子供の頃の僕は、遊んでくれない父を憎んでいました。父の仕事を奪うつもりで、天文学者となり」
「親不孝なことをしてしまったのですね」
「親不孝の僕を、父は助けてくれました」
A氏の両目から涙があふれ出てきた。
「父の……」
言葉につまる。
「僕が憎んでいた分だけ、父から愛されていたのだと思います」
「お父様は、あなたを誰よりも愛していたのですね」
「はい……」
B氏が、A氏の肩を叩いた。
「カメラの前だからって、我慢することないさ。嬉し涙なのだから」
「おぉ……」
A氏は、ハンカチで涙を拭った。
新聞記者が、A氏とB氏と会場の関係者で、写真を撮りたいと言ってきた。
「はい、それでは並んで下さい」
A氏とB氏が中央に座る。
写真を一枚撮った。
「みなさん表情が硬いですね。もう一度」
写真をもう一枚撮った。
「A氏、少し笑って下さい」
「すぐには、笑えないよ」
記念写真は、A氏だけ泣き笑いしていた。
A氏は、程よく酔っていた。会場に車を残し、タクシーに乗った。
運転手は、興奮気味に話しかけてくる。
「A氏じゃないですか?テレビ見ました。僕らのヒーローじゃないですか」
「はぁ……」
「もしよかったら、娘がファンなんです。サインを下さい」
「あ、はい」
私みたいな者にも、ファンができるとは。
運転手に手帳を渡され、余白にサインを書いた。
A氏は、タクシー運転手の話を適当に相槌していた。
「ここで降ります」
「運賃まけとくよ」
「ははは……」
A氏は、タクシーから降りて家に入った。
寝室の窓から、大好きな空を見上げた。その日の夜は、いつもと違っていた。曇りでもないのに、星がまったく見えなかった。
「星が無い?」
それどころか、月も見当たらない。
「月も無い?」
何やらでこぼこが。近過ぎて、月が見えていなかった。視界全てに、月の表面が映る。
見慣れた美しい月は、表情を変え迫ってきた。
「そんな」
A氏の顔色は、青白くなった。
月の肌まで、肉眼ではっきり見える。
A氏は、月に告白した。
「僕は地球のことばかりを気にかけ、あなたを忘れていた」
月が地球の重力に引き寄せられる。距離がゼロとなり。
月は地球に衝突した。
まるで兄弟のような懐かしい風を感じた。
完
あらすじ
地球温暖化が進んだ未来。
地球温暖化を解決するために、
天文学者のA氏は、
地球を太陽から遠ざけようと奮闘するが……。
以上