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秀吉の遺言  作者: 鳥越 暁
新たな日本の形
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石見攻め その三

 結城秀康本陣から見て右手の明石全登隊は戦意の低い毛利の兵達を怒涛の勢いで押し攻めた。やがて右手の毛利隊は持ちこたえられず散るようにばらけてしまい壊滅。

 左手の佐分利重堅隊は押し込んでいるものの、毛利兵は倍する数の力でまだ持ちこたえている。

 秀康は慶次郎と相談の上で前田利長隊を佐分利隊の攻撃に加わらせて、瞬く間に蹴散らした。


 こうして石見城へと続く矮路前の左右に潜んでいた毛利兵は駆逐した。残りは右手の高山の五千ほどであるが物見によると旗印は黒田家と毛利家のものが、それぞれ二千づつで無地が千ほどだという。


 この時、高山は黒田長政が大将として陣を構えていた。長政は巷での評価は官兵衛と比べられて不当に低かったが、実際は兵の統率力は官兵衛より優れている。有名な黒田二十四将を育て上げたのも長政の力なのだ。長政は戦意の低い毛利兵を自軍の隊に組み込ませ、小頭以上の者に加増をにおわせるなどして戦意を高めていた。


 「慶次郎殿。高山はどうされる? 」


 秀康は慶次郎に問うた。


 「さて、秀康殿ならどうされる? 」


 慶次郎は聞き返した。秀康はいくつかの大きな戦を経験しているが、豊臣方の名の知れた武将達と比べると戦場に立った経験は少ない。そのために判断を慶次郎に委ねていたのだった。

 慶次郎は今後の豊臣家を支える中心的な役割をするであろうと結城家を見ている。秀康には将として、もう一回り大きくなってもらわねばと思うのであった。己で考える事に積極的でなくなった秀康に、考えるようにと促したのだ。


 「そうですな。幸昌が対しておりますし、あのまま釘付けにしますかな。」


 秀康はそう答えた。


 「ふむ。なぜ官兵衛は高山に兵を置いておるのでしょうな? 」


 「ん!? それは……。」


 秀康は考えた。


 【当初は我らが横腹を突くつもりであるのかとも思ったが、そうではなかった。では、なぜか? 我らが石見城に向かった時に退路を断つつもりなのか? それも違うな。とすればあの場所に意味があるのか。黒田官兵衛、毛利輝元ともに前方にいる。】


 腕を汲み考えていた秀康であったが、考えが纏まったのか微かに微笑んで慶次郎を見た。


 「慶次郎殿。幸昌を引かせましょう。幸昌隊は我らの後方を守らせる形でいかがか? 」


 慶次郎はにやっと笑うと頷いた。


 黒田官兵衛は高山に兵を配置したのは退路を保つためである。大森から銀山へ向かう道を通り引く事を考えていた。秀康軍が石見城を右手から囲むように攻めれば退路を断たれてしまう可能性がある。そこで右に回り込みづらくするための高山への兵の配置であった。退却戦となれば殿軍に近い役割を担う形にもなる。秀康が右手に兵を回せば高山から降りて来て槍をつけ引く時間を稼ごうというのだった。それを秀康は読んだ。


 「秀康殿。将には大きく分けると二つの型がある。一つは己で策を立て、その策を実行させるために軍師を含めた家臣を使う者。これは家康殿や信長公がそうでござる。そして、もう一つは大きな方向性を示し、具体的な策は全て軍師が担う。こちらは今川義元や上杉殿がそうですな。まずはご自分がどちらなのか見極められよ。」


 慶次郎は秀康の成長を促していたのだった。そして一人の男の事を考えていた。


 【もっとも、二つの型に嵌らぬ御仁もおられるがな。殿下は竹中半兵衛や黒田官兵衛に知恵を出させながらも自分の意見と比べ良い方を選ばれた。希有な人であったと言えるな。】


 殿下とは、そう秀吉の事である。慶次郎には秀康には優れた軍師と言える者がいないように思えた。これからの秀康は良い軍師を抱えるか、秀康自身が深く考えられるかが重要になると感じた。


 秀康も慶次郎が己の成長を促してくれている事を、ひしと感じ、頷いたのであった。



 「慶次郎殿。今日の戦は終いにしましょう。」


 辺りは夕刻前でもう一当たりできそうな時刻であるが、秀康はそれぞれの隊に使者を飛ばしたのであった。慶次郎もただ黙って笑っていた。


 秀康は佐分利隊を引き揚げ慶次郎の元へ戻し、当初の布陣に戻す。その上で陣を固くさせた。夜襲に備えさせる事も忘れない。てきぱきと指示を出していく秀康に迷いはなくなっていた。



 秀康軍の石見攻め初日は終わったのだった。




○石見城


 【ふん。官兵衛の策も当てにならぬな。が、これからどうする? ここは要害なれど数に押されれば危うい。かといって打って出るのは無謀。ここは引くか。引くとしても上手くやらねば官兵衛に抑えられし質が殺められる。大体、官兵衛はこれからどうするつもりじゃろうか。】


 毛利輝元は元々乗り気ではない戦から退却することを決めたが、官兵衛の思惑が分からずにいた。輝元は眼前の秀康軍と、何を考えているか分からない官兵衛の狭間でいかに毛利の家を存続させるか思いに耽るのであった。


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