石見攻め その一
前田慶次郎はこの戦の前に豊臣秀頼に隠居を申し出ていた。同じ時を過ごした多くの武将達は鬼籍に入ったか既に隠居している。徳川との戦も取り敢えず区切りがつき豊臣の世も先が見えてきた。
慶次郎が長い間の時を過ごしてきた戦の場も少なくなるだろう。これからの豊臣を支えるであろう秀康、直情的で自分に通ずるものがある塙直之、経験を積まねばならない真田幸昌をこの戦に参加させるように促したのは慶次郎であったのだ。
慶次郎は頸木前田家の家督は嫡男・正虎に譲り、豊臣家武芸指南役の任は佐分利重堅を推挙した。それを機会に佐分利重堅は秀頼直臣にとりたててもらうように願い出ていたのであった。
秀康一行は山陰道から石見城へ向かう街道を進む。いつどこで官兵衛がしかけてくるかわからないので面々の表情も引き締まり無駄口を開く者もいなかった。
慶次郎は秀康と共に馬を並べ進んでいる。
「秀康殿。儂はこの戦で隠居いたす。」
いきなり慶次郎が秀康に言った。慶次郎はこの石見攻めをもって一線を退くというのだ。
言われた秀康は驚きを隠せない。
「なんとっ! それは本当でござるか!? その事は上様はご存じか? 」
「無論。じゃから上様は利長殿ではなく儂を副将に命じられたのよ。」
慶次郎はそう言うと晴れやかな顔をして前を向いていた。
秀康は慶次郎の一挙手一投足からできるだけ学ぼうと決意し、全ての諸将に事を伝えたのだった。秀康同様に諸将達も慶次郎と共に戦える事を名誉と感じたのであった。
先手大将を務める塙直之の元に物見の者が告げた。
「この先に三吉広隆率いる五千兵が陣取っております。それに右手の高山にも率いる将は分かりませぬが五千程の兵がおります。」
「ほうか。その方はこのまま秀康殿の元へ向かい報告せよ。儂はそのまま進み三吉隊と対峙する。」
塙直之はこのまま進み高山にいる敵勢に横腹を突かれる危険を感じていたが、慶次郎が上手く捌いてくれると読んだのだった。
報告を受けた秀康、慶次郎も直之には直進してもらうつもりであった。二人は遊軍にしている真田幸昌を高山方面に向けて陣を構えさせた。
「さて、慶次郎殿、いよいよですな。官兵衛はどの様な策を立てているとお思いか? 」
「ふふふ。官兵衛は奇策の妙手。じゃが奇策とは相手があっての奇策。こちらが相手の思うがままに動けば奇策に嵌る。」
「ふむ。それは分かりますが。さすれば奇策に嵌らぬためにはどうすればいいと? 」
秀康はこの機会に慶次郎の思考までも学ぼうとしていたのだった。
「奇策に嵌る時はこちらの思い込みが要因となり申す。勝機と見えればそれは勝機ではなく奇策の入口。敵に対峙しておる者にはそれが見えにくくなる。されど一歩引いてみればおかしき事が必ず見え申す。それを見抜くか見抜かぬかが奇策を看破る事でござる。」
慶次郎なりの理論で秀康に言って聞かせたのであった。
慶次郎はすっと指を向けて微笑む。
「例えば、あの高山。ほんに我らが横腹を突くつもりなれば、あのように堂々と旗を立ては致しませぬ。あれは陽動でござろう。陽動でなくても実際は大した兵はおらぬであろう。」
的を得た説明である。確かに横腹を突く場合、できるだけ兵の存在を隠し接近することが重要であり、慶次郎の言う通りに、これ見よがしに旗をたなびかせる事に違和感がある。
そうこうするうちに塙直之と三吉広隆の間で戦火が開かれた。塙直之は三吉隊に向け鉄砲を放つ。
対する広隆隊は竹束や板盾で固く防戦している。徐々に間を詰めていく直之隊であるが、間を詰めると直之隊の圧力に押されるかのようにじわりじわりと後退する広隆隊であった。
「うぬ。三吉めは鉄砲を持ちおらぬようじゃのう。ならばこちらも槍隊を向けるか。」
そう直之は思っていた。
後方で戦況を眺めていた慶次郎は秀康に言った。
「秀康殿。直之殿が槍隊を出す気配でござる。」
「はい。敵勢には鉄砲がないようでございますからな。」
「ふふふ。しかし下手くそよ。三吉なにがしとか言う将は。」
「ん? どう言う事でございますか? 」
「あそこでの官兵衛の策は地形からして釣り野伏とみまする。直之殿に押し込まれる形で引き石見城へ向かう矮路まで引きこもうというのでしょう。」
「なんと! 釣り野伏! な、ならば直之度を止めねばなりませぬな。」
慌てる秀康を笑って制する慶次郎である。
「いや、まだでござる。矮路手前まではどんどん押し込んでいくべきでしょう。結果的に矮路に入り込まねば釣り野伏にかかる事はありませぬ。」
「なるほど。したが、あらかじめ直之殿には伝えておきましょう。」
秀康は直之に伝令を走らせようとした。しかし、また慶次郎が押し留める。
「秀康殿。直之殿の気性は? 直之殿は表裏のない性分でござろう? 戦の仕方も常に威風堂々としており正面から向かいますな。その直之殿には妙な小細工は似合いませぬ。直之殿らしさがない攻めになるでしょう。ここはしばらく放っておき、矮路手前に差し掛かる頃合いを見て伝言しましょう。」
島津家のお家芸といわれる釣り野伏はいわば待ち伏せ戦法である。それを成功させる鍵となるのが相手を引き込む引き方だ。慶次郎の見る三吉隊はというと、いかにも引きますという気配が見え見えだった。
秀康は慶次郎は単なる戦好きで、戦の機微には長けているが細かい差配や駆け引きなどを不得手とするのではないかと思っていたのだった。それが誤りであったことは新鮮な驚きだった。
実際の慶次郎は幾多の戦を乗り越えてきたのである。その戦ぶりは共に闘う武将や兵をいかに死なせずに勝つか、負け戦の場合はいかに生かして返すかを考えてきた。その上で自分が死ぬ事を厭わずに槍を振るっていたのであった。周りの者には鬼神のように槍を振るう慶次郎の姿しか見えなかったのだった。
塙直之は果敢に三吉隊を攻めたてて押し込んでいく。もう少しで石見城へと続く矮路に差し掛かろうとしていた。
「重堅。その方は直之殿の所へ向かい、その場に留まり矮路には入るなと告げよ。お主が行った後すぐに二千の兵を向かわせるので、直之殿の背を守れ。」
こうして慶次郎は秀康の理解の元で佐分利重堅を直之の元へ差し向けたのであった。




