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秀吉の遺言  作者: 鳥越 暁
新たな日本の形
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新章~プロローグ~

 一六一六年十月


 関ヶ原の戦いから十六年、豊臣家と徳川家は将来的に同盟関係を築くことを視野に和睦した。和睦と言っても対等ではなく、徳川が豊臣に屈した形である。豊臣家当主・秀頼はかつての織田信長と徳川家康の同盟関係を手本にして事を進めた。彼らの関係も限りなく主従に近い形での同盟であった。

 死ぬ間際の信長の頃とよく似ている状況である。その頃の信長はほぼ天下を手中に収めたとはいえ、九州や毛利など最後の詰めをしている最中であった。現在も毛利、鍋島を飲み込んだ黒田家が存在しているし、伊達政宗という東北で新たな勢力が力を付けて来ている。



 徳川秀忠は豊臣家と和睦したことにより、勢力圏内を大きく狭めた。実の所はほっとしている秀忠である。かつて家康を支えた徳川四天王と言われた者達も本多忠勝一人を残して鬼籍に入ってしまった。豊臣家と比べると従える将の質に大きく差をつけられていたのである。秀忠としては徳川の世はもともと豊臣秀吉の死をきっかけに、豊臣家から掠め取った物と思っていた。謀略の限りを尽くし、豊臣家の中に手を突っ込み掠め取った物だと。秀頼に提示された四カ国が分相応と思っていたのだった。

 当面は内政に力を入れると決意していた。その後の事は次世代の者に託すつもりである。



 豊臣秀頼は大評定を大阪城で行った。

 徳川家の脅威がなくなり今後の豊臣家の行く末を示すためである。


「皆の者、よう集ってくれた。これから豊臣家の大評定じゃ。」


 秀頼の一言で大広間は静まり返る。


「まずは織田殿。これへ。」


 そういうと織田秀則を手招きして呼んだ。秀頼の指し示したところは秀頼と同じ一段高い上座である。あらかじめ秀頼と秀則の間で話がついているのだろう。戸惑いも見せずに織田秀則が上座に、秀頼と並んで腰を下ろした。


「これまで織田殿は豊臣を家臣として支えてくれておった。これからは織田家は豊臣家から独立することと相成った。これからは織田家は豊臣家の盟友となる。そこの所を皆の者はしかとわきまえよ。」


 静まり返っていた大広間は大きなどよめきが沸き起こった。一同はそれがどういうことなのか理解できない。


「静まりなされ! 」


 その場を幸村が大声で制し落ち着かせる。再び静まった場を眺めて、秀頼は一つ頷いた。



「織田家と言うと元は豊臣家の主家であった。信長公がおらなんだら父上が天下を纏める事も出来なかったであろう。いわば大恩ある家じゃ。余に信長公や父上のような力はない。それは痛感しておる。余は秀則殿と談合し、この先の日の本の事をよう考えた。そして余と秀則殿が手を携えて日の本を纏めて行くことにしたのじゃ。両家でじゃ。豊臣の関白家は面々と続いて行くかは今はまだ分からぬ。跡継ぎが凡庸であったなら、徳川の様な家が出てくるやもしれぬからな。その時は織田家から人が出るということじゃ。その場合は豊臣家が織田家の当主を支える。いわば車の両輪じゃ。」


 一度、言葉を切って辺りを見渡す。先程のようにざわつく事はなかった。真剣に秀頼の言うことに耳を傾けている。




 豊臣家と織田家、今後の日本のあり方を左右する秀頼の話は長く続く。




 

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