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秀吉の遺言  作者: 鳥越 暁
徳川家の衰退
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和睦なるか

 金地院崇伝は龍光寺の本殿に通された。そこには豊臣秀頼が座しており、他に前田慶次郎と真田幸村の姿も見える。

 崇伝は本殿に入る手前の廊下で座し平伏し言上する。


 「秀頼様、金地院崇伝でございまする。主・徳川秀忠の使いで参りました。」


 そう言って秀頼が表を上げるよう促す前に、頭を上げじっと秀頼を見据えた。


 「良く参った。近う寄れ。」


 秀頼には余裕が感じられる。既に江戸城が豊臣の手に落ちた事を知っているらしいと崇伝は思った。崇伝は秀頼の前に進み出て行った。既に冥府へと旅立った本多正信が『秀頼は出来者』と言っていたが、なるほど良い面構えである。しかし長年、やはり出来者であった家康の元にいた崇伝は気後れする事はなかった。


 「主は秀頼様と和睦を望んでおられます。」


 と崇伝は一言だけ言い、秀頼の言葉を待った。


 「三河、遠江。」


 秀頼は二つの国名だけを言う。


 「なんと僅か二カ国でございますか。恐れ多くも徳川家は直轄だけで四百万石。秀頼様は百万ちょっとではございませぬか。それでは和睦ではなく降伏せよと仰られているように聞こえますが? 」


 「根が枯れてきておる四百万石と根が太くこれから多くの花が咲き実がなる百万石とでは意味が違うわ。」


【秀頼は完全に足元を見ておる。和睦がならずとて構わぬということか。悔しいかな、時をかければ、確かに徳川は枯れ行く。しかし僅か二カ国で納得して帰るわけにはいかぬ。】

 崇伝はいかにしてこの話を上手くまとめるか思案する。


 「三河、遠江の他、駿河、伊豆、甲斐の五カ国。」


 崇伝は凡そ百万石の五カ国ではどうかと言った。現在徳川が治める石高の四分の一にしかならない。思いっきり譲歩したと言えるのである。


 「甲斐はならぬ。その他の四カ国は認めよう。それに将軍家は存続しても構わぬ。室町殿の例もあるしな。その他、そちらからの条件はあるか? 」


 秀頼ははなから四カ国を認めようと思っていたのである。あえて二カ国だけを認める発言をして、反発させ、こちらが譲歩したという姿勢を見せた。そのせいですんなりと四カ国で納得させたのだった。


 「徳川家は豊臣の治世の外としての家としてお認めいただきたい。」


 崇伝は降伏ではなく和睦としての体裁を保ち、今後徳川が力を蓄える事のできるようにと考えた。いわば秀頼の旗下に徳川家が存続するのではないという姿勢を保ちたかった。

 秀頼はこの申し出には即答せずに、前田慶次郎と幸村を見やり『どうする? 』という表情を投げかけた。これに反応を示したのは幸村だ。


 「外様はどうされるおつもりで? 」


 今まで徳川に従っていた外様大名はどうするのかと聞いた。その者達が豊臣の臣下となる事を拒み徳川を担いだ場合はどうするのかということであった。譜代の大久保長安や本多忠勝らは秀忠の命を聞き和睦に従うであろう。浅野幸長や伊達政宗、佐竹義宣、最上義光ら外様でも力のある大名をどうするかということである。彼らがあくまで徳川に従うという姿勢を示す可能性は大いに考えられた。秀忠の領土は四カ国八十万石に減る。譜代の者はその四カ国に移り、それまで治めていた地は豊臣が治めることになるのだが外様はどうするのかである。


 「徳川は外様に対し豊臣との和睦を伝えまする。その上で彼らが徳川に従う意を示すのであらば、それを断ることは致しませぬ。」


 崇伝は答えた。徳川家が和睦により力を失うのは目に見えている。それでも従う大名はごく少数であろうと思われた。


 「なるほど。秀忠殿に従う意を示す外様大名の抑えは効くのでござろうか。そやつらが我らが治める地に攻め入れば、その時点で和睦はないものとなり再び相まみえることになるということでよろしいか? 」


 慶次郎が問いただした。こう言う場で慶次郎が発言するのは珍しい。慶次郎は普段はこう言う場では黙している事が多い。


 「そうですな。我が方に従う者には豊臣と争うことなかれと命じまする。」


 崇伝が答える。





 金地院崇伝と秀頼の和睦へ向けた談合はまとまった。

 豊臣秀頼と徳川秀忠の正式な和睦の儀は十日後に伏見城で行われることになった。秀忠は龍光寺の囲みを解き、秀頼は大阪へ帰って行った。


 十日間の間に徳川外様大名達の姿勢が明らかになる。徳川家に今まで同様に従う意を示したのは浅野幸長と最上義光であった。佐竹義宣は豊臣秀頼へ臣下の礼を取り豊臣方大名となる。伊達政宗は独立の姿勢を示した。清州を治め、毛利、鍋島を従える黒田官兵衛も独立の姿勢を明らかにする。

 豊臣家にとって当面の敵は黒田家ということになった。

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