徳川の道
秀頼の元にも江戸城が陥落し上杉景勝らが入城したとの知らせは真田忍び・二代目穴山小助によってもたらされていた。
「さて、秀忠はどう動くかのう。幸村、その方はどう見る? 」
秀頼は幸村に問うた。
「は。以前の秀忠殿であれば、すぐにでも引き返し江戸城を取り戻そうとするでしょうな。しかし家康殿が冥府へ行き、あの御仁は何か吹っ切れた感があります。冷静に考えると寡兵とはいえ我が豊臣の歴戦の将達が入った江戸城をそう易々とは落とせませぬ。」
「であるな。」
「となれば。ここは江戸城を放っておいてここ龍光寺を激しく攻めるか……。」
幸村は言葉を切った。
「攻めるかの後は何じゃ? もったいぶらずに申せ。」
秀頼は笑っている。
「それか、撤退。」
「撤退か。それもあり得るな。して撤退するとしてどこじゃ? 駿府には四万ほどの兵がおる。駿府か? 」
「可能性はありますな。しかし駿府城は我が豊臣の信濃衆が下り押さえこめると思います。おそらく兄上や後藤殿はすでに動いていると思います。」
「ふむ。駿府へ行くという可能性は大いにあるということじゃな。余もそう思う。して他の可能性は? 」
「はい。小田原へは行かぬでしょう。小田原城は太閤殿下が船から大筒を撃ち込むという攻め方の前例があります。ならば遠江まで引くのではないかと。」
「なるほど。浜松か。」
浜松まで引くとなると関東を捨てるということに等しい。駿府の兵は信濃衆に対抗させるために置いておかねばならない。秀忠がそこまで思いきれるか分からなかった。
「そこまで思いきるには、もう一つきっかけが必要かもしれんな。」
秀頼は最期は自分自身に問うていた。今宵も蒸し暑い。やたらとのどが渇く。秀頼は甕の茶を啜った。秀頼の言うきっかけは実は必要なかったのである。
◆ ◆ ◆ ◆
秀忠は本陣に金地院崇伝と蒲生秀行を呼んだ。
「崇伝よ。これから余の名代として秀頼殿に会ってまいれ。」
「は。御命とあらば。どの様なご用件で。」
「何。和睦よ。」
秀行は床几を倒し立ち上がるほど驚いた。しかし崇伝は冷静であった。金地院崇伝は世の情勢が完全に豊臣に向いているのを感じていたからである。元々、家康が死した後、秀忠は和睦を望んでいた。それを知っていたからである。
「で、こちらの条件は? 」
金地院崇伝は秀忠に訪ねた。
「何。このままでは徳川は枯れる。遅かれ早かれな。ならば条件など全て飲んでまいれ。構わぬ。」
「御意に。」
崇伝は静かに頭を下げた。
「お待ちくだされ。ここで和睦など、なりませぬ。まだ徳川は負けておりませぬぞ。全ての兵を集めれば十五万ほどは動員できましょう。火力は豊臣に分があるとて決して負けませぬ。」
秀行は訴えた。
「秀行よ。もうよい。その位の兵は豊臣とてその気になれば動員できる。兵数が変わらぬとして、それを率いる武将はどうじゃ? 向こうは加藤清正、福島正則、島津家久、宇喜多秀家、池田輝政、真田信幸に後藤基次、上杉景勝、兄上もおる。対してこちらはどうじゃ? 仮に黒田官兵衛を入れたとしても、お主・蒲生秀行、本多忠勝、浅野幸長、九鬼守隆、大久保長安くらいじゃろう。そやつらにしても各石高では豊臣大名達には及ばない。完全に格負けしておるのよ。小振りの者隊には優れた者もおるが、そ奴らを冷遇してきた故、小身じゃ。他の外様は当てにならぬ。」
秀忠は言った。そう言われて秀行も事態を飲み込んだ。
その夜の内に金地院崇伝は龍光寺へ登って行った。
金地院崇伝とて徳川家に拾ってもらった身である。このまま無条件で和睦をしてこようとは思っていない。少しでも徳川のためになる道を探るつもりでいた。
崇伝が龍光寺参道の入り口に着くと、そこには松明を持った一人の武将が待ち構えていた。
「何者じゃ。」
崇伝は問うた。
「某、豊臣家家臣・横浜茂勝と申す者。金地院崇伝殿とお見受けいたしまする。」
「いかにも。なぜ横浜殿はそこにおられる? 」
「某は関白様に崇伝殿を案内するようにと申し付けられた次第。ささ、こちらへ。」
茂勝は手の平を参道入り口に向けて崇伝に先に進むよう促した。茂勝は松明を持ち先導して行く。
【さすがに秀頼じゃな。こちらの動きは全て読まれておるようだ。しかし儂とて子供の使いではない。せいぜい足掻いてみるわい。】
そう思いながら茂勝の後を歩む崇伝であった。
崇伝が参内門まで進むと一斉に松明に火が灯され、進むべき道が示された。
【あの先に、秀頼がおるのか。】
崇伝は明るくなった道を上って行く。




