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秀吉の遺言  作者: 鳥越 暁
徳川家の衰退
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三河武士、三百兵

 江戸城本丸に籠ると決めた本多正純と南光坊天海であったが、持ちこたえれれるとは露ほども思っていなかった。そして兵達に叫んだ。


 「これから、徳川に仇なす豊臣の者どもがここに寄せてくる。ここを凌いだとて、どうなるか分からぬ。皆はここを去れ。去った者も後に縁あれば徳川の旗の下に参じて欲しい。残れば死ぬる。言っておくが死ぬ事は褒められる事ではない。生き残ってこそ明日が見えるのじゃ。今日まで御苦労であった! 」


 本多正信は涙しながら兵達に叫んだ。兵達がどよめく。ひとしきりどよめいた後で静かになり、口を開く者は誰もいない。

 そのうちに一人、また一人と去っていく者が出てきた。去る者の流れは大きくなり潮が引くように本丸前の広場は閑散とする。天海が涙で滲む眼で眺めると三百名ほどが残っているではないか。


 「これ、その方ども、正信殿が言うように、残れば死ぬだけじゃ。さっさと去ね! 」


 天海が叫ぶが、その三百人はそこを動こうとしない。

 正信と天海は顔を見合わせ、泣き笑いで再び兵達に言った。


 「その方ども、残っておると言う事は、儂らの供をするという事か? 」


 正信が兵達に問う。


 「はっ。某は冥府までお供いたしまする! 」


 一人の武将が叫んだ。その途端、残りし兵達は、次々に覚悟を口にする。


 「ええい! 馬鹿どもが! しょうがないのう。供をせい。」


 正信が言い放った。

 兵のうちの一人が叫ぶ。


 「我ら、三河武士の意地を見せようではないか。えいえい、おう! 」


 皆が続く。


 「えい、えい、おう! 」


 正信と天海は感動していた。居残った兵達は自分達の家臣の者たちではない。いわゆる雑兵どもだ。正信も天海も、彼らが何故残ったのか、理解できなかった。

 実は居残った兵達は、古くから徳川に仕える雑兵達だった。誰かが叫んだ通り三河武士たちだ。彼らにとって家康は神同様であり、徳川家とは紛れもない主君家だったのである。雑兵とはいえ数々の戦を、乗り越えて、徳川の家が大きくなって行くのを底辺で支え、我が事のように喜んできたのだ。徳川家が将軍家となり、その象徴ともいえる江戸城を見捨てては行けるはずがなかった。彼らは主君家・徳川家のためでもなく、ましてや正信や天海のためでも、名誉のためでもなく、只、徳川家を支えてきた己の誇りのために死ぬのであった。


 本丸を背にして本多正信と南光坊天海が並び仁王立ちする。彼らを守るように三百名の兵達が槍を構えていた。



 ほどなくして、下梅林門の打ち破られる音がして、怒声と共に豊臣軍が押し寄せて来た。

 あっという間に正信達は取り囲まれた。


 「我は上杉景勝である。ここの諸将は誰じゃ! 」


 景勝が叫んだ。


 「これは景勝殿。上様の留守に空き巣に参ったか? 」


 皮肉をこめて正信が言う。人生最後の場面でも、皮肉屋の正信であった。


 「ははは、正信殿が居残りか。隣は天海殿か。ふふふ、空き巣のう。儂らは殿下の亡き後に天下を騙し取った徳川に灸を据えているだけじゃよ。まあよい。正信殿、どこぞへでも去られよ。追わぬわ。」


 景勝はいつになく饒舌で、余裕が見える。


 「情け無用! 者ども! かかれっ! 」


 正信はこれ以上話をする気がないと采を振り下ろした。






 「見事なお覚悟でござったな。」


 正信と天海の遺骸を前にして織田秀則が一礼をしながら呟いていた。

 正信ら、最期まで本丸前に居残った者達は一人残らず討ち取られた。雑兵どもは『せめて一槍! 』と、文字通り命を投げ出し豊臣勢に突っ込んだのだが、大鉄砲と鉄砲の一斉射撃により、あっけなく全滅したのだ。


 こうして江戸城は上杉景勝を大将とする豊臣勢の手に落ちたのである。

 本丸に入った景勝達は、浅草川の里見隊と来島隊に伝令を走らせ、江戸城の接収に成功した旨と、至急江戸城に入城してくれるよう頼んだのである。六千兵では江戸城を守るのには心許ないのと、各口を守る将が足りないからであった。


 「景勝様、地下牢に伊達殿と佐竹殿が幽閉されておりましたぞ。」


 明石全登が、黒田官兵衛の策により地下牢に閉じ込められていた伊達政宗と佐竹義宣を助け出したと報告にきた。景勝は政宗と義宣の処遇をどうするか、結城秀康や織田秀則と談合するため別室に控えさせるように指示を出した。


 




   江戸城を接収した豊臣軍の将達の談合が終わり、政宗と義宣は、景勝らの前に引きだされる。


 

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