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秀吉の遺言  作者: 鳥越 暁
徳川家の衰退
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江戸城に突入する

 「今頃、江戸城内では大騒ぎでしょうな。かかかかっ。」


 楽しそうに真田昌幸が隣りの里見義康に笑いかけた。視線は江戸城に向いている。浅草川の鉄甲船・安房丸の上で先程撃ち込んだ大筒の傍で眺めている。


 「なんの。騒ぐのはまだまだこれからですよ。はははっ。次は焼玉を使いますぞ。」


 「おほほ!? 焙烙玉ですな。これは楽しみじゃ。」


 義康も笑顔である。里見義康と真田幸昌は同じ豊臣に与していながら、接点はあまりなかった。義康が徳川一色の関東の中で房州を纏めるのに尽力していて、他地への遠征ができなかったからだ。義康、昌幸ともに相手に対し尊敬の念を持っており、一緒にいることに違和感は全く感じなかった。


 安房丸の甲板の上では大きな釜の中から真っ赤に焼けた玉が取り出されて、大筒に込められていく。むっとした熱気が辺りを包む。


 「焙烙玉、準備整いました。」


 里見家・百首水軍の頭・竜崎弥七郎が義康に告げた。

 すぐに焙烙玉は江戸城三の丸に飛び込んでいった。


 『よっしゃーっ!』


 甲板の上から歓声が上がる。




 「焙烙玉が撃ち込まれましたな。次は私どもですな。」


 真田幸昌が来島長親に言う。彼らは安房丸と船首を並べている鉄甲船・淡路丸の甲板にいる。この二人は共に大阪に近い所にいたので、先程の二人よりは接点があった。もっとも共に闘うのは初めてである。


 「我らは城壁を狙いますぞ。しばらくは大きな砲撃音がいたしますから耳には気を付けてくだされ。」


 「はい。」


 淡路丸は三の丸に近い城壁を打ち壊すのを目的にしていた。二人は綿を耳の穴に詰めて砲撃を開始した。


 大きな砲撃音が間断なく続く。居並んだ十艘の鉄甲船から、それぞれ大筒が江戸城に向け撃ち込まれていく。その砲撃は半刻続けられた。





 浅草川からの砲撃により、三の丸の辺りはひどい有様であった。三の丸や周りの櫓には焙烙玉により火がつき燃え上がっている。城壁も散々に打ち崩されてぼろぼろだ。


 「よし、砲撃が止んだな。儂らの出番じゃ。者ども! 進めっっ! 」


 こう叫んだのは織田秀則である。真田忍びにより水軍と繋ぎがつけられ、守りの薄くなった江戸城に攻め入ることになっていた。周りには結城秀康、上杉景勝らもそれぞれ兵を率いて集まって来ている。それぞれの率いる兵は少ないが、江戸城に雪崩れ込む豊臣軍全体でみると六千ほどにもなった。


 「それっ! 結城殿や上杉殿に負けるでないぞ! 一番槍は織田家でとるのじゃーっ! 」


 秀則が兵を鼓舞する。結城秀康や上杉景勝も負けていない。


 「やや、織田殿が先を行くぞ! これ何をしておる! 我らも負けるな! 」


 と結城秀康が叫べば、上杉景勝も叫ぶ。


 「お主ら、上杉の誇りを持ち突っ込めーっ! 」



 こうして江戸城内に侵入した豊臣軍は既に人気のない三の丸から二の丸に向けて進んでゆく。二の丸へとつづく下梅林門は織田家自慢の大鉄砲隊の激しい砲撃で打ち破る寸前であった。

 織田秀則、結城秀康、上杉景勝らは下梅林門を前に談合していた。


 「さすがに噂に名高い織田大鉄砲隊ですな。直にあの門は打ち破れましょう。」


 「これは景勝殿にお褒めいただくとは、嬉しい限りでございます。どうでしょう? ここで攻め手の大将を決めませぬか? 儂は官位から言っても景勝殿がよろしいのではないかと思いますが。」


 秀則の提案はもっともである。総勢六千とはいえ、それぞれの家から出ている兵の寄せ集めだ。宇喜多家は名代・明石全登が率いる二百兵程しかいない。その他の家に至っては百名に満たない。上手くまとめなければならないのである。


 「ここは攻め手総大将に上杉景勝殿。隊を三つに分けて、織田殿、某、景勝殿が三隊の大将といたしましょう。景勝殿は総大将もお願するとして、副将に明石殿がよいのではござらぬか。三隊が率いるのはそれぞれ平等に二千づつでいいでしょう。いかがでござろうか? 」


 結城秀康の提案に居並んだ将達は賛意を示した。そうして隊が組み直されたのである。


 「ひとつお聞きしたいのですがよろしいか? 」


 明石全登が尋ねた。


 「このまま下梅林門からのみ討ちこんで行きますれば、敵勢は北の丸方面から逃げ出すのでは? 平川門も突破し、北の丸も押さえないでよろしいので? 」


 下梅林門を破れば本丸までは門はない。一気に本丸へ攻め込んでいける。こちらの勢いを見て留守居部隊は城を捨てて逃げ出すのではないかと言う事だった。ならば逃げ道を塞ぎ、殲滅した方がいいのでないかと言う明石全登の意見であった。

 全登の意見に対してすぐに反応したのは織田秀則であった。


 「『窮鼠猫を噛む』という例えもございます。敢えて逃げ道を開けておけば良いと思いますな。敵を殲滅するよりも、まずは城を獲る事でござりますれば。」


 秀則の言葉に、皆が納得し、敵勢が逃げ出すのであれば追撃はしないことになった。





 本丸の黒田官兵衛は城内に敵が侵入したと知るやすぐに逃げ出した。北の丸から城外への田安門は既に豊臣方に押さえられているかもしれぬと、西の丸へ向かい半蔵門より逃げ出したのだ。

 本多正信は逃げ出す黒田官兵衛を冷たい目で見やりながら徹底抗戦をする覚悟であった。


 「ふん。官兵衛など口ほどにもないわ。ここはこの本丸に籠り死守する。」


 正信にしてみれば死ぬ覚悟であった。家康が秀吉に関東移封され、苦労して江戸城を改築し城下を整えてきたのだ。戦わずして去ることなど考えられなかった。

 その正信の元に南光坊天海が走り寄ってくる。鎧兜を着けているが全く似合っていない。


 「正信殿、いかん、下梅林門は時間の問題じゃ。敵は六千。ここに籠りしは三千じゃ。ここは逃げ落ちるしかあるまい。」


 天海が言うが正信は首を横に振る。


 「ふん。逃げるのであらば、お一人で逃げらっしゃい。儂はここに残る。豊臣の者どもに儂の意地を見せてやるわ。」


 「馬鹿か、主は!? 死んで花見が咲くものか! 命があれば上様を支えていけるではないか! 死ぬれば誰が上様を支えるのじゃ? ここは儂と共に逃げ落ちるのじゃ。」


 天海も必死で説得する。しかし正信は驚くほど穏やかな声で言うのだ。


 「天海殿。儂は疲れたのだ。儂の主は家康公一人であったようじゃ。秀忠公にはもっと若い正純などが支えてゆけばよい。ここで死ぬる事が徳川家への最期の奉公なのだ。そなたは落ちなされ。」


 正信はすっと立ち上がると兜の緒を締め直し、槍を持ち敵の来るであろう方向を見据えた。その姿を見た天海は微かに微笑むと、同じように兜の緒を締め直し、同じように槍を持った。


 「そうじゃな。儂も家康公に拾ってもらった。家康公亡き後はすることもないか。」


 天海もまた正信と共に死ぬ覚悟を決めたのであった。


 「ふん。しかし天海殿は鎧姿は似合わぬのう。」


 そう言う正信は微かに笑っていた。


 

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