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秀吉の遺言  作者: 鳥越 暁
徳川家の衰退
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秀忠の読み

〔1616年8月19日〕

 徳川秀忠は龍光寺攻めを開始する。先鋒・土井利勝率いる鉄砲隊が龍光寺大手参道へ進軍を開始しようとした時、秀忠が利勝を呼んだ。


 「上様、お呼びでしょうか。」


 利勝はいざ出陣と言う時に呼ばれて、首をかしげながら尋ねた。


 「うむ、利勝よ。先の松本城での戦でもそうじゃったが、豊臣方は脇を突くのが上手い。こたびも伏兵がおるやもしれぬ。十分注意せよ。」


 秀忠は横槍を予想していた。秀忠は等身大の姿で秀頼と対峙しようと決めて、肩の荷が下りたのであろう。今までは見えなかった物が見えるようになっていた。武将として成長しているのである。


 「はっ。したが、私めはどうすればよいのでございましょうか? 」


 「そうさな。参道の脇は斜面であるな。敵が駆け下って槍を付けるかもしれぬから、両脇の一列の者達は斜面に向けて構えさせて進軍せよ。なにやら気配があったら、そちの判断で発砲させよ。そなたの後詰・大久保忠教にもすぐに支えられるように申しつけておく。」


 秀忠の指示は適切であろう。利勝も今度は十分理解し頷いた。


 「よしっ! 出陣せよっ! 」


 秀忠の号令がかかり、土井利勝隊は進軍して行く。幅員一杯の三十名を横一列として二千の兵達が行く。秀忠の指示通り左右の端に位置する者達は斜面に向けて鉄砲を構えている。参内門の手前は広く開けており、利勝はそこで兵を横に展開するつもりである。そこまでは例え横槍を入れられようと被害を最小限に食い止めていかねばならない。



 「土井め。やりおるな。伏兵を読んでおるようじゃな。したが、読んでいた所でかわす事はできぬ。」


 宮本一真は進んでくる土井隊を斜面の森の中で隠れながら眺めていた。


 「よし。当初の予定では出鼻を挫くつもりであったが、敵も備えておる。ならば半分ほど通り過ぎるのを待ち仕掛けるとしよう。よいか、者ども用意しておけよ。」


 一真はじっと息をひそめて、好機を狙っていた。

 やがて一真の眼下を土井鉄砲隊が通っていく。半分ほど通り過ぎた。


 「それっ! 行けーっ! 」


 一真は叫ぶと自ら先頭に立ち斜面を駆け降りていった。率いるのは槍隊二百五十だが一真自身は槍ではなく長刀をかざして行く。

 土井隊が左手に現れた伏兵に慌てて発砲するが、一真達との距離が短いため、あっけなく突っ込まれた。土井隊は左後部に一真隊に突っ込まれて乱れる。


 「者ども、慌てるなっ! 敵は小勢なり! 前の者は後の者に構わず進軍せよっ! 」


 土井利勝が叫ぶ。利勝は踏みとどまり伏兵に対していては全滅の恐れがあるとして、乱れていない兵達に先を急がせた。秀忠に伏兵の可能性を示唆され心構えができていたから対処できたと言える。利勝は乱れている兵達にも叫ぶ。


 「そこの者どもは、敵を食い止めよ。骨は儂が拾ってやるっ! 」


 一真達に突っ込まれた兵達は、利勝の激を聞き必死で防戦する。突いてくる槍を火縄銃で受けたりしている。一真はひとしきり暴れ十数人を手に掛けると首からぶら下げた短い笛を口に咥えた。


 『ピーッ! 』


 鋭い笛の音が響いた。途端、今度は右手から一隊が現れ土井隊に突っ込んでいく。


 「新手だ! 背後に新手だ! 」


 土井隊の後方の兵達は大いに崩された。火縄銃しか持たない鉄砲隊は次々と槍の錆になっていく。




 「いかん。やはり伏兵か! 忠教! 土井隊を支えよっ! 」


 秀忠はすぐさま大久保忠教率いる槍隊を投入した。

 一真は剛の者十数人を残して突っ込んで来ていた兵達を一旦退かせた。


 「選抜せし者どもの他はすぐに引け! 斜面を駆け上り回って横浜隊に合流せよ! 」


 一真に命じられた兵達は駆け降りてきた斜面を、今度は登り引いて行く。


 「やや。敵勢、情けなし! 引いて行くぞ。あそこに留まりし者どもは生かしておくな! 」


 大久保忠教は敵の伏兵が引いて行くのを見て叫んでいた。残された一真達の目前に大久保忠教隊が迫ってくる。一真はにやりと笑うと、再び笛を口にした。


 『ピーッ!』


 再び笛の音が響く。

 すると今度は両方の斜面から大久保忠教隊に向け、槍隊が突っ込んでいったのである。忠教隊は自分達が横槍を付けられるとは想像だにしていなかった。その為に先程の土井隊以上に混乱し乱されてしまう。


 「大将はどちらにおる!? 我こそは前田慶次郎が家臣・宮本一真なり! 勝負されたし! 」


 宮本一真は叫び、敵の大将を探した。


 「小癪なっ! 我こそは徳川家旗本・大久保忠教なり! 」


 大久保忠教も名乗りを上げ、宮本一真の前に歩み出た。二人が対峙し一騎打ちの様相を呈した。

 大久保忠教が槍をしごき、一真が長刀を上段に構えた。一真がいざ斬りつけようとした時、声がかかった。


 「お待ちをっ! 」


 一真隊の中から一人の者が歩み出て来た。引っ込んでいろと一真が言おうとした時、その者は一真の横っつらを拳で殴りつけたのだ。


 「貴様っ! 何をする!? 」


 殴られた一真は鬼の形相で、その者を睨むと切り捨てようとした。


 「一真様。一真様は生きて帰ると関白様と約定されたはず。ここは十分役を果たされました。退かれなされよ。」


 武将は真っ直ぐに一真を見据えて言う。その後で大久保忠教に向き直ると頭を下げた。一真はただその武将を見ている。


 「大久保忠教殿。申し訳ござらんが宮本一真様を立ち会わせるわけにはいきませぬ。変わって私がお相手いたしまする。手前は前田慶次郎様の雑兵・上原新左衛門。元黒田家家臣。」


 そう言うと四尺にも満たない短い槍をくるんと一回転させると穂先を大久保忠教に向け上段に構えた。


 「おう! いざっ! 」


 忠教が朱槍を新左衛門の胸板めがけて突きだす。新左衛門は左に体を逃がし躱す。続けて忠教が三段の連続した突きで新左衛門めがけて槍を出す。一段目、二段目の突きはかろうじて躱したが、三段目のつきは新左衛門の頬を掠った。新左衛門の頬から血が滴り落ちる。

 忠教の次の手が来ると一真は思ったが忠教は動かない。見ると忠教が顔を歪めた。一真が忠教の右手を見ると手の甲宛が外れて血まみれである。いつの間にか新左衛門が反撃していたようである。


 「新左衛門! もうよい! 分かったわ。儂は引く、その方も一緒じゃ。忠教殿。申し訳ござらぬ。次に会うときあらば、決着をつけましょうぞ。」


 一真はそう言うと忠教に一礼し新左衛門を促し斜面を駆け上り消えた。




 宮本一真率いる伏兵部隊は見事に横槍二段構えを成功させた。土井義勝鉄砲隊の五百と大久保忠教槍隊二百五十余りを討ち取った。一真隊は千兵の内、命を散らせたのは百名であった。


 横浜隊の守る参内門へ向けて宮本一真は斜面の森の中を進んでいた。脇には上原新左衛門がいる。


 「新左衛門。どうじゃ、慶次郎様の直臣にならぬか。そなたのような者が雑兵ではもったいない。」


 森の中を進みながら一真が新左衛門に慶次郎の家臣になるよう勧めた。しかし新左衛門は首を横に振り、こう答えた。


 「ありがたき事でございます。したが、某は一真様にお仕えしとうございます。」


 慶次郎にではなく一真の元で働きたいと言う。一真は嬉しかったが、すぐに否定した。 


 「何? 儂は駄目じゃ、駄目じゃ。儂には器量がない。先程のように体が熱くなると前後の見境も無くす有様。家臣を持つほどの器ではない。」


 一真は以前は己の腕に自信過剰なまでに自惚れていたが、慶次郎の家臣・佐分利重堅との立会いに敗れ自惚れの心は打ち破られていた。前田慶次郎の家臣となり、色々な大名達や高名な武将と接するうちに上には上が山ほどいると思い知っていた。慶次郎の家老となった今も、まだまだ修業の身と思っていたのだ。


 「大丈夫でございますよ。私が付きますれば、何の心配もございませぬ。どうか私を御取り立て下され。」


 新左衛門は笑顔で頭を下げた。


 「うむ。儂にはそのつもりはないが、その方がそのままではもったいない。後で慶次郎様へお伺いを立てる。付いて来るがいい。」


 そう言って一真は新左衛門を慶次郎の元へ連れていくことにした。


 話の本筋から少し離れたが、新左衛門は慶次郎の判断で宮本一真の家臣とされた。宮本一真は新左衛門を引き受けることになったが、働きを見て後々は慶次郎の直臣に取りあげてもらうつもりであった。



 ともあれ、宮本一真の伏兵戦術は一定の効果を上げた。しかし、秀忠の読みと前もっての適切な指示により土井利勝鉄砲隊は壊滅することなく参内門前に進んで行った。



 龍光寺参内門前には横浜茂勝が待ち構えている。


 

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