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秀吉の遺言  作者: 鳥越 暁
徳川家の衰退
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追善相撲

 1616年8月13日

 江戸のはずれ、八王子の龍光寺に豊臣秀頼一行は到着した。この龍光寺に一万貫を寄贈し、一行の滞在所としたのである。すぐさま秀頼は、江戸の町に触れを出し、日本橋の河原に於いて、前右大臣追善相撲を行う触れを出した。また、徳川方の大名の江戸屋敷や、江戸に屋敷はないが葬儀に参列するために江戸に来ている大名達にも、事を知らせた。もちろん江戸城の徳川秀忠にもである。


 次の日、日本橋の河原は大勢の人で賑わっていた。相撲大会を見物するため江戸中の人が集まっている。この時分、大衆の娯楽は限られており、相撲見物は少ない娯楽のうちの一つであった。


 河原を背に大名達の席が設けられ、一番土俵に近い土俵の正面に秀頼の席が、その左に徳川秀忠の、右に上杉景勝の席がという具合に、官位に順ずる形での席次であった。見物する大衆は、大名達から土俵を挟んだ方向での観戦であった。出店をひらき、儲けようとするちゃっかり者も少なくない。大変な賑わいである。



 秀頼より追善相撲を開く旨の知らせが来た時、徳川秀忠と本多正信は悩んだ。なにやら作為があるやもしれぬと見たのだ。


 「いかがするか。諸侯の動きはどうじゃ? 」

  

 「豊臣方はもちろん、我が方の大名達も追善相撲とうたっている故、参列する模様でございます。」


 もし秀忠が秀頼の開催する追善相撲に参列してはならぬと命じたとして、外様の大名の中で参列する者が出る可能性がある。そうなれば、秀忠は命を無視した大名を処罰せねばならない。今は、外様大名との間で波風が立つのは得策ではないと本多正信は考えていた。


 「何かあると思うか? 」


 「いや、大勢の目があります故、迂闊な事はできますまい。」


 「余がいかねばどうなる? 」


 「心狭きことよと、秀頼殿は触れまわりましょうな。」


 「だろうの。では、行ったらどうなる? 」


 「秀頼殿はそこで器量の違いを見せつけようとしておるのでしょうな。上様は器量を見せねばなりませぬ。」


 正信の言葉に、秀忠は思案した。


 【器量か。我が器量のないのは、正信とて知っていように。したが、器量を見せるか……。 ならば、力士どもに報償をとらせるか。それも僅かばかりの報償では駄目じゃな。】


 他に手がないかと思案したが、思いつかず、力士に恩賞をやろうと、秀忠は結論付けた。




 「おお、そこで右じゃ! それ押せ! ああ! やられてしもうた! あの上杉殿の力士は強いの。」


 「なんの、まぐれでございますよ。はははっ。」


 追善相撲では、豊臣方の大名には相撲取りを同行せよと秀頼から命じられていたので、各地の力士も参加していた。力士たちも大名達に『お家の名誉がかかっておるぞ』などと吹き込まれていたので、必死で望んいた。

 豊臣方大名も徳川方大名も日頃の諍いなど忘れるようにはしゃいでいた。徳川秀忠を除いて……。


【やはり、秀頼は大名達の心を掴みに来たか。敵味方と言う事を忘れて大名達もはしゃいでおる。。まさしく秀吉公譲りよ。】


 本多正信もまた相撲を見やりながら思っていた。



 丸々一日を通して行われた追善相撲は、結城秀康お抱えの力士が全ての取り組みで勝ち進み幕を閉じた。



 さて、と秀忠は立ち上がり周りを見渡し、軽く咳ばらいをし、背筋を伸ばし、見事に勝を治めた蒲田権左衛門を呼び寄せた。そして、さも威厳ありげに言葉を発した。


 「見事な、取組であった。その方に褒美をとらせる。その方には我が将軍家より一万石の禄を与える。」


 秀忠はたかが相撲取りに一万石を与えたのだ。

 居並ぶ大名達、見物の大衆からどよめきが起こる。『さすがに将軍様よ』などとの声も聞こえる。


 「さすが秀忠殿ですな。かかかっ。」


 秀頼は笑っている。


 「それでは興行主である余も褒美をやらねばならぬな。では蒲田権左衛門、その方に羽柴の名を与える。また、余の好みの取組をしてくれた南雲三木助には、木下の名を。両名を抱える結城秀康殿には、名馬『雲竜』を、酒井重忠殿には名刀『岡山藤四郎』を下賜する。」


 これには集いし者達、大名達から大衆までが、先ほどとは比べ物にならないほどのどよめきと感嘆の声をあげた。結城秀康、酒井重忠は秀頼の前に進み出て膝を着き礼を述べた。


 酒井重忠は徳川方にあって唯一この追善相撲に力士を送り出したのである。重忠としては急な事であったが、徳川方が一人も力士を出さないのはどうかと独断で力士を探し、送り出したのだった。

 大名達は、ここに秀頼の器量を見た。酒井重忠は徳川譜代の者である。その譜代の者にまで褒美を与えた秀頼の器量を……。 しかも羽柴、木下という豊臣秀吉がかつて使った名を、武将では無い力士に与えるなど前代未聞の事であった。

 よく考えれば名を与えたとて、秀頼の腹は全く痛まない。名馬、名刀も秀頼が所蔵する多くの宝物のうちの2つにすぎないのだ。


【やられたわ。まさか、力士を抱えおる大名にまで……。 】


 秀忠はこの駆け引きでの負けを悟った。


【ふう、やはり上様と秀頼では器量がちがうな。上様では秀頼に対抗できぬか。いやこのように人心を捉えるなど家康公でも太刀打ちできぬ。これからが大変ぞ……。 】





 本多差信は苦い顔をしている秀忠を冷めた目で見やりながら、思案にくれた……。

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