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秀吉の遺言  作者: 鳥越 暁
徳川家の衰退
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松本城の戦い、再び7

 急遽、徳川軍の軍監に指名された蒲生秀行は、軍全体を、左に寄せた。前田利政の先陣・鉄砲隊には石川康長に騎馬隊三千兵で突っ込ませ、牧野忠成率いる長槍隊三千兵を利政勢の左から包むように当たらせるように指示を出す。長槍隊の後詰に植村泰勝率いる騎馬隊二千を向かわせる。その際、秀行は植村泰勝隊に拳大の石を持たせた。投石させるためだ。


 また、森川、結城勢の抑えに土井利勝、日根野吉明、柳生宗矩、保科正光ら合計一万兵を当たらせた。

 さらに右手に結城勢の頭を押さえこむように大友義親、酒井家次、酒井忠世ら合計一万兵を配した。

 本陣には、徳川秀忠、軍監に蒲生秀行、本多正信、酒井忠利が残る。本陣には二万兵である。


 「康長殿の所は壊滅じゃろうな 」


 秀行は利政の鉄砲隊に突っ込んでいく石川康長隊を見ていた。

 戦に勝つためには犠牲がつきものとはいえ、秀行は嫌な気持ちであった。


 「利政の鉄砲玉など恐れるな! 突っ込め~っ! 」


 石川康長の騎馬隊が前田利政の鉄砲隊に突っ込んでいく。

 ばたばたとあっという間に数十人の騎馬兵が討たれる。しかし一斉に走り出した騎馬兵は止まらず突っ込んでいく。再び、利政の鉄砲隊が一斉に火を噴く。数十人が討たれる。それが何度か繰り返され、石川康長率いる騎馬隊は半数近くに数を減じていた。

 一刻後、やっと石川騎馬隊が鉄砲隊に突っ込むことに成功した。


 「よし! 牧野隊は左に展開し、槍を突けよっ! 」


 蒲生秀行は牧野長槍隊に利政隊の左から槍隊を突っ込ませるよう指示を出す。

 牧野長槍隊が、石川康長率いる騎馬隊に突っ込まれ、乱れる利政の鉄砲隊の横っ腹から槍をつけるべく突撃を開始する。


 前田利政の本陣も慌ただしくなる。


 「殿っ! 鉄砲隊の横腹を突かれまするっ! 」


 「うむ、鉄砲隊は、引くように命じよ。鉄砲は投げ出しても構わぬ。槍隊を鉄砲隊が引くまで、石川隊に当たらせよ。脇に迫りし長槍隊には、騎馬隊を繰り出せ! 」


 「はっ!」


 前田利政は高畠石見守定吉を呼び寄せた。


 「石見守よ。そちの隊の出番じゃ。石川康長の首を取ってまいれ!」


 「はっ! 必ずっ! 」



 利政に引けと言われた鉄砲隊の者達は、三々五々引いてきて、陣の後方に集められる。

 鉄砲を投げ出しても良いと言われたにも拘らず、みな、手にしっかりと鉄砲を抱いていた。鉄砲隊の誇りを持ち合わせていて、その象徴である鉄砲を放りだす者はいなかったのだ。


 「それっ! 鉄砲隊が引いたぞ! 者ども、このまま突っ込め! 出張ってまいった槍隊なぞ蹴散らせーっ! 」


 という石川康長の督戦を促す叫びに、康長の騎馬兵達も雄たけびを上げて答えていた。

 康長は敵の槍隊の後ろから、徒歩の者達が十名ほど出てきたのを見た。

 その瞬間、背筋が凍るようだった。その者達は大鉄砲を抱えていたのだ。


 『どんっ』


 腹の底に響くような、鈍い砲撃音を聞いた時、腹に強い衝撃を感じた。

 康長が自分の腹を見ると、鎧には大きな穴が開いており、血が噴き出していた。

 意識が遠のいて行く。




 「敵将・石川康長、討ち取ったりーっ! 」


 戦場で高畠石見守定吉の声が響き渡った。


 僅か十名の定吉率いる大鉄砲隊は、指揮官を失った騎馬兵を、次々と討ち取っていく。

 乱れていた陣内が落ち着きを取り戻したのを見てとった定吉は、本陣に引いてきた。後日、高畠石見守定吉は功を認められ七百石から二千石へ大幅加増された。


 今や、前田利政勢は、徳川勢を押し返している。牧野忠成隊も、利政勢の騎馬隊に完全に抑え込まれて、押し戻されて崩れている。


 右手の結城勢や中央の森川勢は、盛んに対峙する大友義親隊、土井利勝隊に鉄砲を撃ちかけているが、竹束や板盾で防いでいるため、徳川勢に被害はない。

 右手・中央は硬直状態、左手は一進一退という状況だ。


 松本城天守で戦況を見ていた後藤基次は、大筒隊に命じ、台車に据え付けられた大筒二台を出すよう命じた。ちなみに一台は向島で造られた物、一台は阿蘭陀の商人より買いつけた物である。


 森川隊の後方に出てきた大筒隊は、射角を計算し、大きな砲撃音と共に発砲した。


 『ドオーンッッ! 』


 戦場にいた敵味方問わず全ての者が驚き首をすくめた。


 発射された砲弾は放物線を描き、中央の徳川勢の真ん中に着弾した。

 悲鳴が木霊する。徳川勢の中央から、さざ波が立つように陣が乱れる。




 秀忠の元に、酒井家次隊に着弾したとの報告が届いた。死傷者は二十人ほどと少なかったものの、酒井隊は戦意を喪失し、武具を投げ捨て兵達が逃げ出す始末だと言う。

 再び、砲撃音がしたが、今度は本陣の二町ほど手前の無人の地に着弾した。


 (いかん!酒井殿の隊は潰されたも同然。大筒により士気を保てぬ。このままでは総崩れする!)


 本陣で戦況を見ていた蒲生秀行は徳川秀忠に言上した。


 「ここは引くべきかとっ! 」


 「! 」


 秀忠は言葉を発することはできなかった。

 


 「引き金を鳴らせ 」


 言葉弱く、秀行に命じるしかなかった。

 まさか、野戦で大筒を使うとは……。


 ★        ★        ★        ★    


 今回の松本城の戦いは、豊臣方が守りきり勝ったのである。

 徳川秀忠と本多正信の思惑ははずれ、駿府に引き上げた。


 後藤基次の筆頭家老・森川隼人は主のいなくなった高島城を落とし入城した。

 高島城に入城した隼人は、ここ諏訪郡が徳川方勢力と接し、大事な拠点である事を理解しており、より南に位置する廃城とされていた干沢城を整備した。高島城の防御のための城である。ここには坂井直義を城代として入れた。


 この戦で、後藤家は頒図を広げ、信越の豊臣方勢力が関東を睨む事が出来るようになったのである。


 徳川方の戦死者はさほど多くなく四千ほどで、豊臣方は二千であり、負け戦と言う訳ではないだろう。

 しかし、勝てなかった事が大きいのである。

 勝ち戦を納め、秀忠の武功を示したうえで、家康の死を公表する思惑は絵空事となってしまった。


 駿府を経由し、更に江戸に帰った秀忠は、もうこれ以上伏せておくことは無理であると、徳川家康の死を公表したのであった。




 一六一六年八月二日の事であった……。


 これにより諸国の諸将の動きも活発になる。

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