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秀吉の遺言  作者: 鳥越 暁
徳川家の衰退
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松本城の戦い、再び5

一六一六年七月二十五日 徳川家康が逝ってから十八日目


○松本城外


 丑三つ時、古来より草木も眠ると言われる時間だ。辺りは静まり返っている。耳を澄ませば虫の音が聞こえるが、その音色が、かえって静けさを増しているように感じられる。


 小声で森川隼人が、真田忍びに話しかける。


 「煙硝はどこにあるか分かりましたか? 」

 

 余談だが、豊臣方の武将達は決して忍びの者を軽く扱わない。むしろ敬意を持って接している。


 「はい、本陣の後手にございます。半刻ほど前には見張りの不審番が五名。」


 「なるほど。我らは近づけそうですかな。」


 「ちとばかり、無理があるやもしれませぬが。」


 隼人はその返答に腕を組み考え込んだ。

 その様子を見て、これは今宵は動かぬかなと忍びが思っていた時。


 「我らは二手に分かれます。一隊は本陣の前方に討ちかけます。」


 隼人はここで言葉を切った。


 忍びも頷く。隼人の言った一隊はいわば囮である。もう一隊で煙硝を焼こうと言うのであろう。

 やがて隼人は組頭に命じ、密かに兵を動かしていった。

 忍びには隼人が微かに笑っていたように見えた。




○松本城天守


 後藤基次と真田信幸は、徳川秀忠勢の本陣の方を静かに見やっている。灯りはともしていない。森川隼人より夜襲をかけると、繋ぎの者が既に伝えていたからだ。


 やがて、乾いた銃声が暗闇を引き裂くように、夜の静寂を打ち破った。ちかちかと小さな光も瞬いている。


 「はじまりましたな」

 基次が言う。信幸は頷いている。


 しばらくすると、今度は地響きをともなった大きな爆発音が木霊した。それとともにぼうっとした光が見える。煙硝に引火したのだろう。


 「やりましたな。基次殿」

 「はい、やりましたな。よし、大筒隊に手はず通り砲撃をせよと命じよ」


 基次は、隼人が無事に引き返せるように、援護のため大筒を放つように命じていたのだ。


 先ほどとは比べ物にならない地響きと大きな砲撃音が響いた。

 大筒隊が発砲したのだ。続けざま四発だ。


 ほどなくして森川隼人隊五百兵は一人も欠けることなく戻ってきたのである。


 「ようやった、隼人よ。そなたの褒美は高階城じゃ。一帯を上手く治めよ」

 

 「は、ありがたく」


 高階城は未だ徳川領で石川康長が城代として入っている。

 基次は籠城戦の最中だと言うのに、次の戦の事を考えているらしい。主が主なら家臣も家臣で、それを理解し、平然と受けこたえる。


 「ははははっ。これで森川も城主ですなぁ。」


 真田信幸は二人のやり取りが、楽しくて思わず笑ったのだ。

 森川隼人は、かつて真田信幸の旗本であった。後藤基次が松本城を治める際に、信幸の勧めで、基次の家臣となったのだ。


 実際、まだ高階城主などと言うのは『絵に描いた餅』である。

 だが、基次は次の方向を示し、隼人は理解する。これだけで後藤家が纏まっているのが、信幸にも分かった。


 「さあ、少し休みましょう。明日にもケリがつきましょう。」


 そう言って寝所へ信幸を促した基次であった。



○徳川秀忠本陣詰所


 「何事じゃ!? 」


  敵の夜襲であるのは分かっていたが、秀忠は聞かずにはおれなかった。


 「夜襲でございまする。石川康長殿の野営が襲われておりまする」


 「松明を灯せ! 明るくしたうえで、追い払え。全軍に支度させよ! 」


 秀忠の命は間違ってはいない。暗い中で動けば同志打ちの恐れがあるからである。


 隼人はこれを読んでいた。


 「我は、松明を持って荷駄隊の元へ参ります」


 一人の雑兵が松明を持って荷駄隊へ走って行った。


 「大丈夫でございますか~? 」

 

 「おう、こちらは大丈夫じゃ」


 「そうでございますか。灯りをお持ちしました」


 「おう。すまぬのぅ」


 「ところで煙硝は大丈夫でございますか? 我は康長様の兵ですが、康長様が煙硝は大丈夫であろうのと気にしておられたので……」


 「おお、そなたは石川様の所のものか。大丈夫じゃ、これ、この通りじゃ」


 荷駄隊の小頭が幌を外し煙硝の入った木箱の山を見せた。


 「これは安心、安心」


 そういうと石川康長の兵と名乗った者は、何を思ったか手にした松明をその山の中に放り込んだのである。


 「やや! 貴様! 何をする!?」


 小頭は慌てた。


 「間抜けよの。我は後藤基次が家臣・森川隼人である。火の扱いには気をつけなされよ」


 そういうや、目の前の徳川方荷駄隊の小頭を一刀の元に切り捨て、走り去る。


 荷駄隊の者は隼人を追いかけるどころか、煙硝に火がついては我の命が危ないと、我先に逃げ出したのである。煙硝は大きな爆発音とともに塵と消えた。逃げまどう雑兵達も、森川鉄砲隊に散々、撃ち込まれ十数人が命を散らした。



 (ふう、これはこの戦負けるかもしれぬの)


 散々に乱れた陣を見て秀忠は思ったのであった。


 


 夜が明けて、徳川秀忠、そして真田信幸も大きく驚ろく事になる。

 それは……。

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