秀頼、我が道をゆく決意
この所の秀頼は物思いにふけることが多い。
豊臣家の現状をよく把握したうえで、信長公ならそのような手立てをとるか、誰をどこに向かわせるか、父・秀吉であらば誰を調略するか、などと思案に暮れているのである。偉大な二人の先人に負けぬようにと気負っているようである。
そんな時、前田慶次郎が越後頸木から戻ってきた。早速、秀頼は武芸の師匠である慶次郎に稽古を付けてもらい汗をかいた。
「ふう、久しぶりにお師匠と汗を流すのは気持ち良いな。」
「秀頼殿も手前がいない間も鍛錬されておったようですな。体の切れがようござる。」
「そうよ。あとでお師匠にお小言を言われぬようにな。」
「ははっは。そうでござるか。」
秀頼は稽古の後、茶室に慶次郎を誘った。そして思っていることを話したのである。
美作の戦の顛末や、近々、近江攻めをすること、佐竹への調略、結城家への対応の仕方など、話題は多岐にわたった。その随所随所で、秀頼は信長や秀吉を引き合いに出して、信長公であらば多方面に…… とか、父上であらばかの御人を調略し…… などと話をする。
慶次郎は秀頼の立てた茶を無造作に飲みながら、黙って聞いていた。
「関白様、今度はそれがしが茶をたてましょう。」
慶次郎は秀頼の差し向けた話題には一切反応することなく、茶を立て始めた。
慶次郎の作法に無駄な動きは一切ない、流れるような手つきで茶を立てる。
やがて秀頼の前にすっと茶を差し出した。
秀頼もぐっと茶を啜る。
「ん、美味い。さすがにお師匠。かの千利休とも懇意だったと伺ったがさすがでござる。」
苦味も程よく、喉に心地よい。
「上様、確かに手前は利休殿とも親交があり申した。したが茶の道の教えを請うたことはございませぬぞ。我が作法は我流でござる。それに利休殿のお弟子はたくさんおいでになる。大名たちの中にもおられる。
そのお弟子達は、みなそれぞれ茶を楽しんでおります。その際に利休殿の立てた茶はこうであったとか、利休殿であらばこのような茶葉を選んであろうとか考える者はござらん。」
慶次郎は茶の道になぞらえ、秀頼に信長や秀吉の手法を必要以上に意識する必要のない事を諭していたのだ。
秀頼も慶次郎の言わんとした事が分かったのか。黙って茶器を見つめている。
やがて秀頼は慶次郎に茶碗を差し出した。
「お師匠、すまぬがもう一服頂戴したい。」
そう言った秀頼の顔は憑き物が落ちたようにさっぱりとしていた。
慶次郎はにやりと笑う。
「ようございます。本来は手前は客ですぞ。手前が馳走になるのですがなあ。はははっ。」
そう言って秀頼に茶を立てたのである。
【そうか、さすがにお師匠よ。儂は儂であり、信長公や父上にはなれぬということか。ならば儂なりの手法でもって進もうではないか。何、しくじったとて構わぬわ。】
そう考えると気分的に肩の荷が下りたような楽な気分になった。
茶室を出るときには秀頼は晴れ晴れとした顔色であった。
この後、秀頼は矢継ぎ早に次々と策を命じた。
佐竹調略には島津惟新斉を向かわせることにし、結城秀康には美作から帰陣したばかりの福島正則を向かわせることにした。また近江攻めには、加藤清正を大将とし伏見勢、二条城勢の他、薄田隼人、石田重成を向かわせることにした。その他、信濃南部の徳川方勢力の排除を後藤基次、真田信幸に命じ、また周肥同盟の毛利家と鍋島家の切り離しを池田利隆に命じたのである。
徳川秀忠は津山城での戦を聞いて、山崎家治に因幡一国九万石を任せることにした。また先日他界した奥平家昌の宇都宮城十万石には蒲生秀行を入れ再び大名に取り立てたのである。元々宇都宮は蒲生秀行が治めていた地でもある。奥平家の家臣たちはそのまま蒲生家に組み込まれたが、家昌の嫡男・忠昌が元服の際には、改めて家名再興を斟酌するとされた。徳川家の中でありながら宇都宮は家康派から秀忠派の勢力へとなったのである。




