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秀吉の遺言  作者: 鳥越 暁
秀頼の成長
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大阪城に集結せよ

 大阪城天守で行われた秀頼を中心とする対家康の面々の会合が行われた翌日、大野修理は淀に昨日の返答と真田昌幸のことを聞くために出仕してきた。

 いつもは謁見の間の通されるのであったのが、今日は披露目の間に案内された。


「はて、どうしたのであろうか? 」


首をかしげながらも披露目の間に入って行くが、そこには淀はおらず、秀頼が鎮座していた。

 修理は内心で驚きながらも笑顔で問いかけた。


 「これは上様、御機嫌麗しゅうございます。本日は淀君はいかがされたのでしょうか? 」


 すると秀頼は、まだあどけなさの残る声ではあるが、凛として問いただした。


 「これ修理、余はそちに発言を認めてはおらぬ。それに母上がおらぬと都合が悪いか? 」


 その言葉に驚く修理が、平伏したまま言上する。


 「は、これは失礼いたしました。平にお許しくだされ。昨日普請についての事柄で淀君にご相談申し上げ、本日ご返答をいただくことになっておりまして、お伺いした次第でございまする 」


 秀頼は修理に顔をあげさせると目をじっと見据えて問いただした。


 「母上は本日は気分がすぐれぬそうじゃ。よって余が返答いたす。確か母上に聞いたところによると、石垣の修繕であったの 」


 「は、その通りでございまする。天下の上様の御城ゆえに下手な普請はできませぬゆえ 」

 修理はもっともらしく頷きながら答えた。


 「ふむ、そうであるか。したが確認させたところ普請が必要な所などなかったぞ。僅かに石が一つ引き抜かれておっただけであったわ。これはいかなることか? 」


 修理は絶句した。秀頼の物言いは穏やかであったが、凛とした態度で修理の眼を見つめている。


 【違う、今までの凡庸な秀頼ではない。今まで普請のことで確かめられたこともない 】


 言葉がでなかった。秀頼の態度に後ろめたさのある修理は冷たい汗が背中を伝ってくるのを感じた。


 「これ修理よ。答えよ 」


 きっと目を見据え問いただしてくる。


 「は、確かに石が一つ抜けておるだけでございますが、ここは天下の城でございます。少しの不都合があってもいけませぬ 」


 気を持ち直し、やっとのことで切り返した。


 「そうか、そういう風に考えておったのか 」


 にこりと秀頼が笑みをこぼした。幼さの残る笑顔に「杞憂であったか」と修理はほっとすると


 「は、天下の豊臣家の家臣であれば当然のことでございまする」


 と笑顔で返答する。

 すると秀頼はにわかに無表情になり、声をかけた。


 「これ修理よ。その方が家康と通じておるのは分かっておる。そちは今までいろいろと普請を進めてきたが、すべて豊臣の財をそぐためであろう。いかがじゃ! 」

 秀頼は子供とは思えない迫力で問いただす。


 「め、めっそうもございませぬ。私の主は上様だけでございます。誰がそのようなことを言っておられるのか。その方をお呼びくだされ。はっきりいたしますゆえ 」


 再び、慌てながらもここで認めるわけにはいかない。


 無言のまま秀頼が手を叩くと、修理の背後の襖が開く気配がする。そこから一人の武将が現れて、修理とは距離を取りながら左手に座して深々と頭を下げた。その武将が頭を静かに上げたのを見た時、修理は思わず声を上げた。


 「あ、真田昌幸! 上様これはいかなることでございましょうか。こやつめは流罪の身でありますぞ。勝手に九度山を抜けてくるなど許されませぬ! 」


 修理は興奮して昌幸に詰め寄る気配を見せた。

 秀頼は修理を手で制して言う。


 「だまれ! 修理! 誰が決めた罪人か。何の罪じゃ!? 」


 「そ、それは…… 」


 修理が答えられるはずもない。関ヶ原の戦の際、石田三成率いる西軍につき家康に対抗した結果、九度山に送られたのである。修理は家康方の姿勢を計らずも出してしまったことになる。

 

 だまって修理を見つめていた昌幸は目で秀頼を促した。

 小さく秀頼は頷くと昌幸に言う。


 「昌幸、こやつに何か言うことはあるか? 」


 「はい、上様。我が手配の者の調べでも修理殿が家康殿に通じておるのは明らかでございます。この御人の処置はお任せ願えますか? 」


 それを聞いた修理は思わず叫ぶ。


 「お待ちくだされ! なぜ真田殿に裁かれねばならぬでしょうや。確かに私は家康殿と誼を通じておりますが、それも豊臣家を思ってのことでございます 」


 「お黙りなさい。修理殿。上様にはもはやそなたの言葉は届かぬ。潔くされよ」


 昌幸はぴしゃりと言い放った。修理は真っ青になって小刻みに震えている。



 「修理殿。修理殿は今までどおり家康殿と誼を通じてくだされ。ただし、その内容は私どもが決めさせていただく。それと修理殿のご子息は上様の近衆にお仕えいただき、奥方様は淀君にお仕えいただきますがよろしいですな? 」


 ようは今度は家康を騙せと言っていることになる。そして家族を質にとられるのである。

 修理はがくっと崩れ落ち、畳に頭が擦れんばかりに下げた。体は小刻みに震えている。


 「も、申し訳ござません。どうか、どうか、お許しくだされ。」


 許しを請う修理の声は震えている。

 不安でいっぱいの修理に秀頼は憐みの表情を向けていた。


 「修理よ、そちは父のころより良くやってくれていた。これからは心を入れ替えて尽くしてくれ。頼むぞ 」


 「ははぁ 」


 こうして内通者の大野修理の処置は終わった。




 昨夜、この件について話し合った時、兼続などは冷たく言い放った。


 「斬り捨てた方がよい。所詮小物であり、後々使い道などないであろう 」


 兼続は、義に厚い漢である。戦国の世であるので、内通や調略といった事も、戦術の一つと理解してはいる。しかし、基本的には嫌いだった。


 「いやいや、現在の豊臣方は少しでも人が欲しいところです。修理が思いなおせばそれでよし、よこしまな考えを改めないようであればその時に斬ればよいと愚行いたします 」


 昌幸はそう言って兼続を説得したのであった。昌幸は修理の内政手腕を認めていたからでもある。



 その夜、修理は言われるままに家康への書状をしたため送付した。その内容は『普請を進めていくことに変わりがないこと。秀頼が凡庸であること。』であった。内容的にはどうということのない事柄であったが、その中に一点、『普請のために人足を大量に雇い入れ人足代で大きな散財をさせる』と述べさせた。

 これは人足に見せかけて兵を補充しやすくしたのである。昌幸が入場してから、すでに領内には真田忍びの他、利長の抱える七尾忍びを含む加賀忍びを大量に放ち、家康の服部党を牽制、情報の漏れを防がせてもいた。効果は徐々に表れてきており、服部党は人数を驚くほど減らしていた。



 かくして人足にまぎれて、また人足に化けて武将たちが集ってきた。その面々は改易となった宇喜多家の家老であった明石全登や、後藤基次、塙直之、長宗我部盛親など名だたる面々もいた。また、かつての秀頼の教育係であった里見義康からは家老の板倉昌察を二千人の兵と共に送ってきた。昌察は表面上は里見家から追放されて参じて来たという形をとられたが、あくまで義康の指示である。


 こうして昌幸達が入場して半年が経つと場内には八万もの兵が集った。城の普請も家康の意向とは違い、鉄砲狭間を増やしたり、天守や二の丸御殿や倉などには鉄板を張り付けるなど、火器に対する備えも施された。以前よりも更に堅固になったのである。

 雑兵達は槍隊、弓隊、鉄砲隊、大筒隊に分けられ、それぞれ統制のとれた厳しい鍛錬が行われる。




 このころになると、さすがに家康も豊臣方が大阪城に兵が集まっているのが知らされた。家康にもたらされた情報によると、さしたる大名は参加しておらず、家康のとり潰した大名の家臣たちがほとんどであり、「大したことはない」とたかをくくっていた。また豊臣方が旧臣をとりこみしにくくするために旧豊臣方大名は遠地に鞍替えさせて大阪の周りから遠ざけていたので大事にはなるまいと思っていた。



 家康は徳川の政権を維持させてゆくために、将軍職を秀忠に譲ることを決めた。しかし、朝廷はそれを認めるものの、秀頼に関白職を送ることをも決めた。秀頼は兼続の働きで朝廷に繋ぎをつけていて、貢物も頻繁に送られて根回ししていた。昔から家康は朝廷に貢物などを送らず、その吝嗇ぶりは朝廷内でも知られた所であった。朝廷内には豊臣贔屓の者が多い。

 秀頼に関白職が授与される事を知った家康はますます豊臣家を潰すしかないと、豊臣家殲滅戦を決意したのであった。




 両陣営の戦気は急激に高まって行き、いつ戦が起こっても不思議ではない空気になっている。


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