宮本一真と言う男
大阪城東側の平野口門に対している浅野幸長の陣の後方から一騎の武将が走り迫った。武将の身につけている鎧兜はひと時代前の古い様式の物で、手には長刀を振りかざしている。その武将は走り寄るや幸長の足軽兵を三人ばかり一刀両断に切り捨てた。
「その方は何者であるか? 」
幸長の家臣がその武者に対して問いただした。
「われは宮本一真と言うものである。これより大阪城へ出向き我が腕を買っていただきに参った。邪魔立てするなら切り捨てるまで。」
その武者は言い放った。
「なるほどのう。よほど腕に覚えがあるじゃな。」
「いかにも。この世に弓・鉄砲が無くば我の右に出る者はないと存じる。」
「ほう、これはさほどの腕をお持ちの貴殿を易々と大阪城に入れてしまうのは惜しいの。どうじゃ? 我が殿に使えんか? 」
「ははは、高く買っていただけるのなら、儂はそれでも構わぬ。」
その武者はさっと下馬すると、先程から言葉を投げかける幸長の家臣に対峙した。
「その方は今しがた大阪城に身を売りに行くと申した。したが我が陣に加わってもよいという。その方の信念とはなんぞ? 」
「なに、鉄砲の世になったとてここ一番の戦を決めるのは己の腕。ならば己が腕を存分に振るいたいまで。信念と申せば、己の技量を世に記すということじゃ。」
「ふむ、なるほど。」
「で買うか? 」
「その方の技量は先程の剣さばきを見させてもろうた。確かに一流じゃろう。が、今の戦では鉄砲が勝敗を決める。その気があらば我が陣の片隅を貸し与えよう。兵は五十ほどつけるがどうじゃ? 」
この家臣は宮本一馬という者の心底を、今までのやり取りで見抜いていた。腕は立ちそうであるが将の器にあらずと見たのだ。
「なに! 話しにならぬ。千石ほどもくれれば将に加わってやってもよかったのだが、兵五十ほどで陣借りとは、笑止! ならばここには用はない。道を空けよ。そうじゃ、その方の名を伺っておこうか。刃を交える時は引導を渡して差し上げよう。」
「ははは、時代錯誤のその方に働き場があればよいな。我は浅野忠吉である。」
忠吉はそう述べると、もう興味がないとでも言うように、あちらへ行けとばかりに顎をしゃくり大阪城の方を示すと、兵達に道を開けさせ、何処かへ去ってしまった。
宮本一真は小馬鹿にされたことで怒り、顔を赤らめ大阪城平野口へ向かったのである。
大阪城平野口
「たのもう~! 我は元黒田家家臣・宮本一真と申すもの! 大阪城の方々のお味方に参った! ご開門願いまする! 」
大声で宮本一馬は開門を促した。門兵はこの口を守る主・横浜茂勝にその旨を告げた。
「ふむ、味方に参ったと申すか。されば開門し会ってみようではないか。しかし我だけで決めてはいかんな。これ、その方は急ぎ昌幸殿の元へ事を知らせてまいれ。」
茂勝は昌幸の元へ使者を走らせ、当人は宮本一馬と言う男に会ってみることにした。
ほどなくして宮本一真は門兵に連れられて、茂勝に陣にやってきた。
「手前はこの口を守る横浜茂勝と申す。知らせによれば我が豊臣にお味方に参ったとか。」
「は、拙者、宮本一真と申します。お見知りおきを。拙者は黒田家の録を頂戴しておりましたが、黒田家がもうこの世にないことは御存じでござろう。その後、諸国を流浪しておったのでござるが、ここ大阪城が囲まれたたと知り、お味方に馳せ参じた次第でござる。
少々腕には自信がございまする。是非ともお味方に加えていただきたい。」
茂勝はこの男は自信過剰であろうと、感じ取った。籠城戦は籠城する将の意思疎通と信頼関係が重要である。この男は味方に加わった暁には、己の腕を過信するあまりに手前勝手な行動をするのではないかと思われた。
茂勝がそう考えていると、昌幸がやってきた。
「おお、これは昌幸殿、お呼び立てして申し訳ありませぬ。知らせの通り、こちらの宮本一馬なる者が我が軍に加わりたいと申しておりますが……。」
茂勝のものいいは含みのある言い方であった。昌幸はそれを鋭く悟ったのである。
「ほう、これは宮本殿と申すお方、私は真田昌幸と申す。この大阪城の軍師を務めておる。」
「これは御高名な真田昌幸殿でございますか。よろしゅうお願いいたしまする。」
宮本一真は大物が現れたので喜色満面である。内心でこれは高録で召し抱えられるだろうと喜んでいた。
「お聞きした所では、黒田殿の元におられたとか。長政殿は落ち伸びたとお聞きしておりますが、息災でおられますかな? 」
「それが私にはわからぬのでございます。私めは激しく鍋島勢と刃を交えておりましたので……。」
「ふむ、そうでござるか。」
ここで茂勝が昌幸に耳打ちした。
昌幸は黙ってうなずいた。
「宮本殿、今、茂勝殿に聞いたところによると腕に自信がおありとか? 」
一真はにやりと笑うと大きく肯いた。
「さすがに鉄砲には敵いませぬが、我が剣術の腕には少々の自信がございます。対の勝負ならば、どなたにも負ける気は致しませぬ。」
「ほう、それほどの腕前でござるか。して我が軍に加わったとして、いかほどの録を所望かな? 」
「そうでござるな。千石ほどいただければ、十分に働き申す。」
千石とは足軽隊などを率いる大将級の扱いとなる。
「千石とならば兵を率いてもらわねばなりませぬが、宮本殿は兵を扱えまするか? 」
「は、手前は己の技量があるゆえ、長政殿は将として扱わず、兵法の者として扱われました。それゆえ忸怩たる思いをしておりました。手前に五百ほども兵をお預けいただければ、鍛錬し、見事に精鋭なる一隊を作って御覧に入れましょう。」
「なるほど、お話しは分かり申した。はっきり申せば、この大阪城には腕自慢の者が多くやってくるのでござるよ。せっかく参られたのじゃ、今宵は、ここで休まれよ。
明日に宮本殿の腕を拝見したいので、こちらの選んだものと手合わせしていただくがよろしいか?」
「なるほど、手前の技量を見ようと言うのでござるな。よろしいでしょう。明日が楽しみでございます。」
宮本一真は最後まで自信満々であった。
翌朝、宮本一真の立ち合いが行われた。対するは佐分利重堅・前田慶次郎の旗本である。
「手前は宮本一真。実手当理流でござる。貴殿は?」
「手前は佐分利重堅でござる。槍の一派を率いており申す。」
「ほう、槍術でござるか。したが貴殿は長刀を携えておられるが? 」
「当方では剣術も鍛えておりますれば……。」
短いやり取りが行われた。
「さて、そろそろよろしいか? 」
立会人を務める明石全登が二人に問うた。
二人は黙って頷いた。
実は前夜、佐分利重堅は前田慶次朗とともに真田昌幸に呼ばれていた。
「己の腕を売りに来た者がおり申す。私の見た所、確かに腕はありそうですが、気質に問題ありと見ております。少々腕に溺れております。明日、その輩を打ちのめしていただきたい。」
「ふむ、その相手をこの佐分利に? 」
「はい、慶次郎殿や明石全登殿でもよろしいのですが、同じ兵法の者ということで……。」
「なるほど、で技を見るので? それとも技を見る必要はないと? 」
慶次郎の問いは、相手の技量を見るために立会いをせよと言っているのか、それとも自信を打ち砕くためになのかということである。
「技を見る必要はございませぬ。時間をかける必要もないでしょう。」
「なるほど、分かり申した。佐分利よ、と言う事じゃが、よいか? 」
「御意に!」
このようなやり取りであった。
立ち合いが始まった。
宮本一真は半身に構え、上段に長刀を、腰のあたりに左手で短刀を構えている。どうやら二刀流の様である。
対する佐分利は刀を抜き自然体でいる。右手はだらりとたらし、その手に刀を握っている。
勝負は一瞬であった。
佐分利が無造作に一馬に近づくと、上段から刀を振り下ろした。一馬はそれを右手で抑えようとしたのであるが、抑えきれずに左手を添える形になった。十字受けの形になったのである。すかさず、佐分利は刀を引くや、肩で一真に当たった。一真は尻もちをついてしまった。
一真がしまったと思い起き上がろうとしたときには、目の前に刀の切っ先が突き付けられていた。
「それまで! 」
明石全登が叫ぶ。
宮本一真はうなだれている。
「さて、宮本一真。上には上がいると言うことが分かったであろう。」
「……。」
宮本一真は何も答えられずにいる。
「その方、いかがいたすか。まだ、この大阪の陣内にいたいと申すか? 」
真田昌幸は一真にそう問いかけた。
「己の腕の未熟さが分かり申した。恥を忍んで申し上げます。なにとぞ陣内に留め置き下され。」
一真はその場にひれ伏し、深く叩頭した。実のところ、一真は流浪の身に飽きていた。明日をも分からぬ生活に疲れ果てていたのである。
「そうか。ならば上様にお伺いを立てる故、待っておれ。」
そう言って昌幸が去ろうとした時、慶次郎の後ろに控えていた足軽が歩み出てきた。その足軽を見た昌幸はにっこりと笑うと半分あきれたように言った。
「上様、そのような所に、そのような格好で……。」
その足軽は豊臣秀頼であった。
「その方が、まだ世が見るべきではないと申したので、まぎれておったのよ。ははははッ」
秀頼を得体の知れない者の前に出ることはないと昌幸は謁見を止めていたのである。
秀頼は背筋を伸ばし一真に申し渡した。
「その方を、我が家臣にとりたてることはしない。しかしである。ここにおる前田慶次郎の旗本となるがよい。録は百貫。不満であれば去るが良い。」
そう言われて、一真は改めて叩頭してこう述べた。
「は、ありがたきこと。皆様への数々のご無礼、お許し下され。是非にお願いいたしまする。」
こうして前田慶次郎に二人目の旗本ができたのである。
その夜、秀頼は改めて前田慶次郎を呼び寄せた。
「お師匠。お師匠は旗本を抱えるようになった。今までのように上杉の食客と言う訳にはいかぬ。それではこの豊臣の統制がとれぬのでな。」
前田慶次郎は渋い顔をしている。そこには真田昌幸、前田利長らも顔を出している。
「そうでござる。慶次郎殿にはもう落ち着いてもらわねばなりませぬ。」
利長が我が意を得たりと頷く。
「ふむ。上様はどうされよと? 」
「そこじゃ、お師匠には、越後・頸城郡を治めてもらう。石高は十万石じゃ。」
「されど、手前には旗本は二人ですぞ。治めるためには越後に向かえと申されるか? 」
「いや、今、お師匠にこの大阪城を抜けてもらっては困るわい。今かの地は真田信幸殿が治めているゆえ、当面は預かってもらうことにいたす。昌幸の方からも信幸殿に言ってくれ。」
「それはいいですな。この昌幸、倅目に言い聞かせておきます。また、慶次郎殿の領内を治められる者を集めましょう。大阪城下、伏見などにも触れを出しましょう。もちろん慶次郎殿の御名ででございます。」
「それはよいな。慶次郎殿の名の下であれば、すぐにも人は集まりましょうて。家を興すのでありますから御嫡男・正虎殿はお返しいたしまする。」
利長も賛意を示した。そして前田家家臣となっていた慶次郎の嫡男・正虎は慶次郎の元へ返すことにされた。
慶次郎も渋々ながら承諾し越後国に前田慶次郎の所領ができたのである。
慶次郎の本拠城は福島城とされた。
さすがに前田慶次郎の名は良く知られており、籠城戦中にもかかわらず多くの者が士官を願い出てきた。その者達は慶次郎の代理として佐分利重堅が伏見に出向き、見極めたうえで召し抱えた。その数は十名ほどですぐに福島城へ送り、しばらくは真田信幸に預けられることになる。その十名の中には戸波定次がおり、見所ありとして福島城代とされた。この戸波定次も元黒田家の者である。
前田慶次郎家の組織
当主・前田慶次郎
一門衆・前田正虎(大阪城に召喚される)
家老・佐分利重堅
直臣・宮本一真
戸波定次(福島城代)
向井金十郎
向井新左衛門
他7名
福島城代を任された戸波定次は信幸の協力の下、二千名を寡兵した。
慶次郎の領内の仕置は、真田信幸や織田家とは違っていた。真田信幸や織田秀則は商に力を入れ、金銭による収入の確保に力を入れていたのである。慶次郎は城代を通じ、農民を厚く保護するよう申しつけた。新たに田畑を開墾した者には、その開墾地の税は二年の間行わないとした。慶次郎は隣りの信幸が商いに力を入れるのであれば、農業に力を入れることが良いとしたのである。
もともと物欲の少ない慶次郎である。税は低くされ、農民たちは喜び、近隣の農民も移入してくるようになる。戦の世は兵糧は高く売れるのである。慶次郎は民の信頼を得、領内の生産力も上がることになり豊かになっていくのであった。




