堅田元慶、輝元を見限る~九州戦線1~
また話は九州戦線に移る…。三つ巴の勢力が徐々に変化していく…
堅田元慶は福島家の秋山家慶と共に筑前・若松城を守っていた。この城は黒田家の水軍の拠点であり周防からの窓口でもあり重要なのだ。元慶は親豊臣派で秀吉にも可愛がられ豊臣性を下賜っている。関ヶ原の戦いでも尻の重い輝元に代わり出陣している。豊臣家に対して何かと反目する輝元に嫌気がさしていた。さらに福島正則の監禁である。
毛利家の堅田元慶と福島家の秋山家慶は共に行動するうちに気心が知れ、親密になっていった。
ある時、元慶は家慶に相談を持ちかけた。
「家慶殿、この若松城を豊臣家に馳走いたしませぬか? 」
「なんと! それはできませぬ。我が主が誅されてしまいまする。」
「いや、いい手がござる。」
「ほう、我が主も豊臣家に仕える身ゆえ、興味はありまするが……。」
「その手というのをお話し申そう。家慶殿には死んでいただく。あ、いや、慌てなさるな、最期まで聞かれよ! 」
すわっと立ち上がろうとした家慶を手で制し、話を続ける。
「家慶殿には死んでいただき、儂が毛利に反旗を翻すのです。儂の暴走でということにすれば良いのです。さすれば正則殿も誅されることはありますまい。もちろん、実際には家慶殿は生きておるのですが。」
「ふむ、輝元殿を騙せますかな? 」
家慶は顎に手をやり、難しい顔で問う。
「儂は殿下に可愛がられておりましたゆえ私が豊臣に馳走したとて納得するかと。それに主と私めの仲はよいとはいえませぬから九割九分は上手くいくかと。」
それを聞いた家慶の目は俄かに輝いて、悪戯を考える子供のような目になった。
「それは面白い。やってみましょう。されどすぐに攻められてこの城が落とされてしまっては何にもなりませぬ。もう一工夫必要ですな。」
「ですな。家慶殿は何かいい知恵はございませぬか? 」
「そうですなぁ。まずは城を守ることを考えると、ここにいる七千の兵ではいささか心細いですな。まずは水兵を手に入れたいところです。」
「なるほど。確かに。ここ九州はもともと豊臣系の大名の多いところですから、黒田の水軍から兵を引きぬくこともできるのではないでしょうか。」
「ふむ、現在、我らの船は十艘を数えますが、島津殿に援軍を頼んでみるというのはいかがでしょう? 」
「それはいい手でございますな。黒田に手を突っ込むより良いかもしれませぬな。」
そう言った元慶の目も輝いている。
「援軍がくるとしてですな。」
ふと思案顔で家慶が言う。
「はい、来るとして? 」
「この城では少々狭もうござりますな。」
「そうでございますな。今でも狭もうござりますれば。」
「どうでござろう。今のうちにすぐ目と鼻の先の黒崎城を攻め落としませぬか? 」
「ふむ、それはようございますが……。 したがこれより内に入りますれば東に細川、西に黒田と挟まれる形になり申すが…。」
といさいさか不安顔の元慶である。
それに対して家慶は僅かに微笑むと、こう言った。
「多分、細川、黒田はすぐには攻めてこれぬではござらぬか。それは細川殿は南より島津殿が寄せてきており、黒田殿は鍋島殿と清正殿に隙を見せるわけにはいきますまい。」
「なるほど。主の輝元は主力部隊を送るまで、この城を固く守れと申しておりますが、ではこの際です。攻め落としましょう。」
二人ともわくわくしていた。
元慶は輝元に黒崎城を攻めることの許可を、家慶は島津家久に援軍を求める使者と、福島家に今回の企みを知らせた。
早速、賛意を得た島津家久からは二艘の安宅船と兵千兵が送られてくることになった。また家久は元慶らが黒崎城を攻める際は、細川を牽制することを約してくれた。
こうして二人は黒崎城を攻め落とした。
ほどなくして輝元に変事がもたらされた。堅田元慶が、福島家の秋山家慶を誅し、豊臣の旗を揚げたというのだ。
「なんと! 元慶め、恩知らずが! すぐに兵を差し向け成敗せよ! 」
輝元は激怒し、そう命じたが、側近がそれを押しとどめた。
「殿、若松城には島津兵が援軍として入っており、島津の水軍も出張っております。ここはしばらくお待ち下され! 」
「し、島津も出張っておるか。九州の連中はだらしないのう。仕方あるまい。しばらくは放っておくか。」
と元慶征伐の出兵は取りやめられた。
この時、毛利輝元は石見銀山を手に入れるべく準備を進めていたからでもある。
しかし、元慶に対する怒りを腹に持ち、不機嫌であった。それに追い打ちをかけるように福島忠勝が自ら乗り込んできた。
「輝元殿! どういうことでござるか! そちらの者に大事な家臣が誅されたとは! この責任はいかがされる! これでは安心して合力などできぬではござらぬか! 」
「忠勝殿、こたびは申し訳ござらぬ。今後はこのようなことはございませぬゆえ、お怒りを鎮めてくだされ。」
「今後もかような事がござらんとどうして言いきれまするか? いまいち信用できませぬな! 」
忠勝の怒りは収まらない。忠勝はふと真顔になるとこう続けた。
「したが約定したゆえ、福島家は輝元殿に合力いたします。鉾を治めましょう。が一つ条件がござる。」
「これはお怒りを鎮めて下されるか。して条件とは? 飲めるものと飲めないことがありますぞ、お父上の事も面倒見させておりますからな。」
と輝元は、あまりぐだぐだいうと質にとられている忠勝の父・福島正則が…… と脅しをかけたのである。
「それでござる。条件というのは、我が家臣に五日に一度、父上を見舞いさせて下され。それくらいはよろしいでしょう。」
輝元は忠勝を見据えながら、しばらく考えた。やがて……。
「よろしいでしょう。五日ごとに半刻ほど、見舞いを認めましょう。したが下手な考えを起こされますとお父上の病が重くなりますぞ。」
と釘を刺した。
福島忠勝は父・正則と接触する機会を持てることになった。
翌日、早速福島家の家臣・佐々木権之介と名乗る者がやってきて、正則を見舞った。
正則を見舞う半刻ほどの間は、輝元の小姓が二人同席し目を光らせている。もちろん武具は取り上げられている。
正則は痩せており、目の力も弱く濁っていた。
「おお、殿! お加減はいかかでしょうや。」
権之介は涙目で正則の手を取り、話しかける。
正則には、不思議なことに他の言葉も聞こえていた。
『私は真田の手の者でございます。秀頼様の命を受けたびたびお伺いいたします。』
これはいわゆる忍び言葉と言われるもので、他の者には聞こえない。高度な腹話術の一つとでも考えればいいだろう。
正則はじっと権之介を見つめると小さく肯いた。
『正則様、毒消しを帯に仕込みました故、朝晩に密かにお飲み下され。いずれ声も出ましょう。』
少し正則の目の力が戻った気がした。
佐々木権之介は猿飛佐助であった。
少しづつ正則は回復していくことになる。




