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秀吉の遺言  作者: 鳥越 暁
秀頼の成長
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松平家清を討ち取る~伏見城攻防戦1~

 伏見城で豊臣方籠城軍が攻城軍に打って出ることになった。はたしてその戦の行方は…

 一六〇五(慶長十)年三月十一日、伏見城

 夜半過ぎ、籠城方の攻撃が開始される。

 まず、闇にまぎれて横浜茂勝率いる五百の兵が船入口西側に伏せた。

 続いて弾正丸口から南岡親清隊が討って出て、藤堂高虎の陣に鉄砲を撃ち掛ける。南岡隊は藤堂高虎を引きつけておくための牽制部隊である。


 「やや、敵が討って出てきおった。者ども、慌てる出ない、すぐに鉄砲隊は前に折敷、下知を待て。板塀での防御も万全にせよ。」


 と高虎が叫ぶ。


 船入口前に布陣する松平家清にも銃声が聞こえてきた。

 松平家清が警戒するように兵に告げようとした矢先のことである。

 陣の前方、山里丸の方から雄たけびが聞こえた。


 「それ! 者ども、松平の陣に討ちこめ~っ! 」


 「な、こちらにも夜襲がきおったか! 」


 慌てて兵を纏めるが、籠城方・高梨主膳率いる一隊が一斉に攻め込んでくる。まず鉄砲の一斉射撃を受け、乱れたところに槍隊が突っ込んできた。瞬く間に柵が引き倒された。


 「これ、敵は小勢ぞ! 押し返せ! 」


 と督戦を呼び掛ける松平家清。

 兵たちも落ち着いて見ると敵の高梨隊は千あまりで、こちらの四分の一程度であった。

 高梨隊は落ち着きを取り戻した家清隊に徐々に押し返され後退していく。


 「それ! 押しておるぞ! このまま押せや~っ! 」


 戦況を有利と見た家清は、このまま押せばひょっとしたら山里丸を落とせるやもしれぬと、意気込んだ。

 実は主膳が引いたのは、決して押されたからではなく、松平隊を引き出すためであった。これは難しいことなのであるが主膳は上手くこなしている。

 

 

 松平家清隊は押して、押しこまれで少しづつ陣が伸びていることに気がつかなかった。

 その時、左手後方から横浜茂勝隊が突っ込んできた。

 側面から、あるものは背後から槍をつけられたのでは堪らない。松平家清隊は崩れた。前面の高梨主膳隊も先ほどのように引くことはなく、激しく押しこんできた。

 もはや家清隊は総崩れである。


 「これはたまらん! 逃げろ! 」


 と兵が叫んでいる。

 松平家清も旗本に囲まれて藤堂隊の陣に向かい逃げて行こうとした。

 その時、前に一人の者が立ちふさがった。


 「松平家清殿とお見受けいたす。拙者、豊臣家家臣・横浜茂勝、お手合わせ願いたい! 」


 茂勝が槍を手に叫んだ。

 松平家清も家康の一字をもらうだけの一角の武将である。


 「おう! 我こそ松平家清! お受けいたそう! 」


 と旗本から槍を受け取るやいなや、茂勝の胸元めがけて槍を突き出した。なかなか鋭い突きだが、茂勝はさっと避ける。


 「なかなかの腕前でござるな。したがこれまで! 」


 と言うや、今度は茂勝が槍を突き出した。

 家清はかわすことができずに胸板を鎧ごと貫かれ、絶命した。


 「松平家清殿、討ち取ったり~っ! 」


 茂勝の旗本が雄たけびを上げた。

 こうして籠城方が見事に勝利したのである。


 横浜茂勝隊と高梨主膳隊は潮が引くように山里丸に引き上げる。


 横浜茂勝は、再び秀頼から感状と千石の加増を賜った。所領は後々考えるとのことであったが、半月前までは浪人であった茂勝は少しの間に二千石を拝するまでになったのである。また茂勝は家清隊が投げ捨てて行った鉄砲を二百丁を拾ってきていた。


 茂勝はこの後、旗本に命じ伏見城下で兵を求め、新たに五十人を召し抱えたのである。二千石の知行で百五十人の兵を抱えるのは大変である。この時代、一万石の大名で二百五十人と言われていて千石では二十名ほどが普通だった。


 「横浜殿、そんなに召し抱えられて、そなたの取り分がないではありませぬか? 」


 と幸村は心配した。


 「なに、幸村殿、先行投資でございますよ。それに人を育ててこその将と思っております。故太閤殿下もそうでござりましたから。」


 と茂勝は笑って答えるのであった。

 実際に秀吉が石田三成や福島正則、加藤清正を召し抱えた時の秀吉家の台所は火の車で、知行のほとんどを彼らにあげてしまっていた時代がある。




 籠城方の死傷者は二百名あまりで、横浜茂勝が五十兵を補充したので実際は百五十ほど兵を減らしただけということになる。

 対する攻城方は、攻城軍の一角、舟入口の松平家清が討たれ、壊滅した。家清が舟入口前で従えていた四千の兵は八百五十人が死傷し、千名ほどが逃げ散ってしまい。残りの二千名の兵は藤堂高虎が預かることになった。当初より二千名が減じ、一万八千が攻城方の戦力である。


 伏見城を囲む一角が崩され、将も足りない。高虎は家康に援軍を求める使者を出したのである。




 三月三十日

 伏見城・攻城軍に本多忠勝が一万兵を率いて着陣した。この時点で攻城軍二万八千の大将は本多忠勝となる。

 伏見城内にも向島を経由し舟入口から三千の兵が入城しており、伏見城の守兵は一万八百五十兵となっていた。

 

松平家清を討ち取る~伏見城攻防戦1~登場人物

徳川方:松平家清>徳川家直参旗本。伏見城攻城軍舟入口前に布陣

 藤堂高虎>旧豊臣家の大名。伏見城攻城軍の大将。伏見城東側に布陣する。

 本多忠勝>徳川家譜代大名。安房・里見家の抑えとして、下総にいたが、このたび伏見城攻城軍に加わり、高虎から攻城軍大将を引き継ぐ

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