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秀吉の遺言  作者: 鳥越 暁
秀頼の成長
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松本城攻城戦3

 松本城黒門で激しい銃撃戦が行われている時、仙石秀範は井楼から激しく櫓門に銃撃と火矢を撃ち掛けた。


 「みなのもの、後藤殿の鉄砲隊に負ける出ないぞ! 」


 そういって鉄砲隊、弓隊に櫓門の狭間に向かって攻撃を命じた。こちらからの射撃がおさまると、狭間からの激しい反撃がある。その繰り返しである。

 いつの時も運の悪い兵はいるもので、板塀の隙間から流れ込んだ銃弾に撃たれるものもいた。下の後藤隊と枡形内の敵兵の銃撃戦が納まった時は井楼の中では六名の負傷者が出ていた。敵の櫓門の中の被害は分からなかったが、やはり同程度の被害を加えられたと思っている。

 

「うむ、負傷兵を下におろし、代わりの者を上にあげよ。」

 

 と秀範は命じた。


 井楼の中から負傷兵を下に降ろしていた時である。狭間から数本の火矢が井楼に射かけられた。慌てて消火に務めたのであるが、とうとう火が付いてしまった。


 「これはいかん! 皆の者、避難せよ! 慌てるでないぞ、順番に降りて行くのだ。」


 やむなく井楼の兵は撤退する。四半刻後、井楼の室の部分は焼け落ちてしまい、中途半端な櫓のようになってしまった。


 「うぬ、悔しや! 」

 

 と秀範は櫓門の方を睨みながらつぶやく。そこに後藤基次が森川隼人を引き連れて寄せてきた。


 「秀範殿、お怪我はございませぬか? 」


 「は、大丈夫でございます。が御覧のとおりでありまして、面目ございませぬ。」


 と秀範は気遣ってくれた基次に頭を下げた。


 「いやいや仕方ありませぬ。秀範殿がご無事で何より。」


 そういうと、森川隼人が基次の旗本になったことを知らせた。


 「そうでございますか。森川殿、良い御主人を見つけられましたな。」



 隼人も秀範に対して挨拶をすると、何やら思案顔で井楼の残骸を見上げている。それを見た秀範は、尋ねてみる。 


 「森川殿、いかがされた? この井楼がなにか? 」


 「はあ、立派な梯子の様だと思いまして……。」


 と恥ずかしそうに述べた。

 それを聞いた基次と秀範は顔を見合わせて、まじまじと井楼を見上げた。


 「なるほど、隼人よ、いい所に目をつけたな。秀範殿、いかがでござろうか? 」


 と隼人を褒めておいて秀範に問いかける。秀範はにやりと笑い頷く。


 「面白いかもしれませぬな、すぐに主に聞いてみましょう。」


 信幸の元へ向かいながら基次は、この森川という若者、なかなか良いではないか。これはいい旗本を儂は持ったのかもしれんなと考えていた。

 基次、秀範、そして森川隼人が、なにやら楽しそうに信幸の元へやってきた。

 

「基次殿、それから秀範、いかがされた? そのようにほほを緩めて気持ち悪いですぞ。」


 と信幸が尋ねると、


 「ははは、実はこの隼人が焼けた井楼を見上げて、梯子の様だと申しましてな。」


 基次が嬉しそうに言う。


 「うむ」


 と頷くと信幸も井楼を眺めた。そして頷いた。


 「なるほど。面白き試みやもしれませぬな。」



 要は室が焼けて梯子の様になった井楼を、実際に梯子として利用して門の上に登って、または城内に侵入してはと思ったのであった。


 それから信幸・基次・秀範の三人は梯子を使った作戦を練った。

 いったん井楼は後方に下げられた。そして一刻後、少しばかり手を入れた井楼は再び黒門に寄せたのである。この時も、城下より連れてきた大工が手際よく造作した。

 余談になるが、この時の大工は基次に腕を認められ、後に基次に百石で召し抱えられ、例外的に士分の身分を与えられ普請奉行を務めている。


 時はもう夕刻であった。井楼は梯子というより階段のように造り変えられ、防御の塀もしっかりと備わっていた。城兵が何事が起こるのかと、不安そうに眺める中、改造井楼はゆっくりと門塀に向かって倒れて行き、どんっという音と共に塀に付いた。まるで外階段の様である。


 後藤隊はこの攻城戦で一番被害が大きかったので、一旦後方に下げられた。代わりに秀範率いる鉄砲隊が枡形内の門兵に対することになった。決死の井楼を登っていく隊は、宮ノ下隊が務める。いまだ活躍の場がなかった宮ノ下が直訴したのである。宮ノ下隊は体の大きなものを選抜し、背に大きな小槌を背負わせていた。


 秀範隊が枡形内の兵を引きつけておくため射撃を開始する。時を合わせて宮ノ下隊は改造井楼を登っていく。階段状に造作されたために手の自由が利くのでしっかりと板塀で防御しながら次々と塀の上に登ってゆく。それでも十数人の兵が櫓門からの攻撃に討たれ、門内に落ちていった。


 「それ! 登りし兵はそのまま櫓門の上にまで登れ! 」


 次々と櫓門の上に宮ノ下の兵が集っていく。そして背中の小槌を取りだすや、上から櫓門を壊し始めた。これには櫓門の兵も驚いたが、なすすべもない。秀範に対していた枡形内の兵のうち十名ほどが、櫓門上の宮ノ下の兵を狙い撃つ。小槌をふるうために板塀を足元に置いていた宮ノ下兵は討ち落とされる。そこで宮ノ下は板塀を持つものと小槌を振るうものに分担させた。


 「そ~っれ! 」


 と掛け声とともに小槌が振り下ろされる。半刻後には櫓門の瓦はすべて粉々にされて剥され、屋根板もあちこちで穴がうがたれた。その穴から宮ノ下隊は櫓門の中に飛び込んでいく。


 しばらくのち櫓門の中は宮ノ下隊に制圧された。


 背後の櫓門が制圧されてしまった鉄砲隊は前面に秀範鉄砲隊、後ろに宮ノ下隊に挟まれとうとう降伏する。

 黒門が破られた石川康長はすぐに白旗を上げ降伏した。


 「そなたの首を取っても一銭にもならぬ。そうそうにどこへでも立ち去られよ。」

 

 と信幸は康長を処断することなく放り出した。この時に康長の所持していた鉄砲六百丁は基次と信幸が平等に分けた。




 こうして三日間を費やし松本城を落とす。その夜は天守閣で戦勝祝いの酒宴が開かれた。


 「いや、今回の手柄はこの隼人でござるな。」


 嬉しそうに基次が言う。当の本人は恥ずかしげに俯いて盃を傾けている。


 「そうですなあ。」


 悔しそうに宮ノ下が、隼人を眺める。

 みなが隼人の周りに集まり酒を酌み交わした。隼人は人と話をするのが苦手の様で、終始もじもじしている。その姿もみなの共感を得ていた。


 「さて、基次殿、この城はそなたの物でござるよ。いかようにも仕置されよ。」


 信幸が赤い顔で言う。


 「は、ありがとうございまする。」


 「基次殿、落ち着くまで少し兵を置いていきましょうか? 」


 「いや、それには及びませぬ。少々減ってしまいましたが、手前の1800兵で守りまする。」


 「そうですか、それはお力強いお言葉ですな、はっはっは」



 夜半過ぎまで酒宴は続いた……。



 明朝、信幸隊は上田に帰っていった。


 「さて、こちらも忙しくなるのう。」


 松本城の天守から城下を眺めながら基次は森川隼人につぶやいた。隼人は無言で肯いている。松本城の城下は緑も多く、美しかった。

 基次は翌日には、すぐさま城下の仕置を始め、自分たちが壊した黒門の修復も行った。森川隼人は石川康長の弟が治めていた安曇野に小さな居城を建てることになり千石を拝領した。

 基次の仕置で城下は発展していくことになる。




 その後の信濃の動静であるが……。

 松本城が豊臣の物になったことで、信幸にも利があった。上田や小諸と松本の間の地域は、いわゆる緩衝地帯であったのであるが、松本城・後藤基次の領域と真田信幸の領域が線引きできることになり、新たに検地をおこなったところ五千石ほど所領が増えたのである。

 さらに信幸は松本城の代わりとばかりに松平忠輝(家康の六男)の御付家老・皆川広照の所領・飯山城(四万石)を攻め落とし版図を広げた。なお皆川広照は忠輝の才を認めておらず忠輝と上手くいっていなかったため、飯山城が攻められた時は、信幸に速やかに降伏し臣下に加えてもらうよう嘆願し、秀頼の許可を得て家臣となった。信幸の領内の武将の配置は、上田城に信幸、小諸城は仙石秀久、飯山城に仙石秀範を配し、宮ノ下は上田城に戻された。


 後藤基次は十万石の大名に、真田信幸は二十四万八千石となった。


 対する信濃における徳川方勢力は、まず森忠正に代わり松平忠輝が川中島に十四万石で入っている。その他、諏訪頼水が高島に二万七千石、高遠城の保科正光二万五千石であった。


 

 

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