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秀吉の遺言  作者: 鳥越 暁
秀頼の成長
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松本城攻城戦1

真田信幸率いる豊臣方軍勢は石川康長の守る松本城の攻撃に向かう。

信幸の軍勢には大阪より後藤基次も加わった。さて松本城の攻防はどうなるのか…

 松本城はかつては深志城と呼ばれ武田氏が治めていた。その後、武田氏が滅ぶと徳川方が治めることになった。その後は徳川を出奔し豊臣に臣従した石川数正が治め、数正の死後は息子の康長が治めていた。康長は関ヶ原の戦いで徳川方に与して現在に至っている。


 康長は過度の普請を行い民に労役を強要したため、民衆の支持は薄い。数正の石高は八万石であるが、その他に弟たちに二万石を与えているので、あわせると十万石になる。康長の普請は見事で松本城は非常に堅固に造られていた。


 しかし、いくら堅固な城でも守兵が少なければ守り通すことはできない。大きな松本城を守るのに二千名では少なすぎるのである。それを理解していた康長は少ない守兵で、長期間守れるように工夫を凝らし、枡形橋や枡形門を造っていたのである。天守脇に月見櫓などがあるが、この城の攻防は本丸への唯一の門である黒門をいかにして攻略するか、またいかにして守るかという点である。


 枡形門とはいわゆる二重の門で表門は高麗門になっており、裏門は櫓門になっている。二つの門の間は一つの空間になっており、攻城兵がそこに入ると櫓門から鉄砲や弓で射かけられるようになっている。通常は二つの門はL字型に配置され、松本城もそうであった。




 軍議を終えて陣に戻ってきた仙石秀範は旗本になにやら命じた。秀範の陣では夜中を通して何やら物音がしていた。

 翌朝、信幸を大将とする軍勢はすんなりと二の丸に進み、黒門につづく橋の手前に三段の陣を敷く。

 一番後方の信幸の陣で攻城前の軍議が行われる。


 「さて、この城を落とすのにそう時間をかけてはいられない。どう攻めますかな。」


 大将の信幸が皆に問う。


 「私に考えがあるのですがよろしいでしょうか? 」


 おそるおそる仙石秀範が言った。


 「おお、秀範、そちにはなにやら策があるようだな。昨夜も夜を徹してなにやらしておったであろう。」


 「は、実は昨夜みなさまと分かれた後、城下の大工を探してまいりました。それと材木も用意してきました。」


 「ほう、大工と材木か。秀範殿は何をしようというのかな。」


 興味深々で基次が尋ねた。


 「は、御覧の通り、昨夜の話にもありました通り、あの門は枡形になっております。馬鹿正直に寄せて行けばこちらも多くの兵の損害を覚悟しなければなりません。」


 「そうであるな。」


 宮ノ下が合の手を入れる。


 「そこで私めが考えましたのが、門の手前に井楼を建て、そこから櫓になっている門を攻めたらいかがと考えた次第です。」


 「ふむ、それは面白いのぅ。」


 すぐに基次が賛意を示した。


 「面白そうですな。されば井楼を使うということで策を練りましょう。私がこの城を守る立場だったとして、兵の配置として、まずは全力でこの門を守りますな。」


 信幸の言葉に一同は頷いた。

 その間に秀範は旗本に命じ井楼を組み立てるよう命じた。昨夜に井楼の下準備を終えていて、組み立てるだけになっていた。


 「この門が破られればあとは到底持ちこたえることはできません。なので井楼を使い高麗門の手前から櫓門を狙いましょう。井楼からは鉄砲もよろしいが火矢が有効と思いまする。櫓門に火がつけばいぶりだせるでしょう。」


 「なるほど、ですが殿、当然枡形の中にも敵兵がいるでしょうな。そこから打って出てきて井楼を壊そうとするのではないでしょうか。」


 宮ノ下が疑問をぶつけた。


 「そこよ、藤右衛門。そこで井楼を守る兵を置かねばならぬ。これは後藤殿の鉄砲隊にお願いしましょう。井楼の上の鉄砲隊は私の方からだそう。これは秀範が指揮せよ。そうだ秀範、井楼はどのくらいの兵が籠れるか? 」


 「は、できるだけ大きくと考えまして、およそ二十名位は大丈夫でしょう。」


 「おお、かなり大きな井楼であるの。」


 信幸は満足そうにうなずいた。


 それからしばらく細かい打ち合わせをしている間に井楼ができた。かなり大きな井楼であった。井楼の上は一つの部屋になっており、大きな狭間が開けられている。井楼の上へと登る梯子は部屋の真下に付けられており、しっかりと板で囲われていた。上っている最中に狙い撃たれることのないように設計されていた。


 「よし出撃! 」


 信幸の雄たけびで戦ははじまった。


 ゆっくりと井楼が橋を進んでいく。その周りには後藤鉄砲隊が護っている。やがて井楼は黒門のすぐ手前に設置された。予想された通り高麗門の狭間からは鉄砲が射かけられるが、板塀で防御しているため兵の損傷はなかった。鉄砲を射かけられた後藤鉄砲隊は侍大将の指示のもと、激しく反撃の射撃を行った。紫煙で一瞬前が見えなくなる程であった。

 しかし、こちらの反撃も籠城兵に被害を与えることはなく、狭間に偶然射ち込まれた弾によって数名を打ち取ったにすぎなかった。

 井楼には秀範率いる鉄砲射撃手十名と弓兵十名が上っていった。籠城方は井楼の態勢を整えさせてなるものかと櫓門から鉄砲が激しく射ち込まれる。


 「者ども、あの井楼の中に鉛玉を打ち込め~! 」


 籠城方の大将が叫ぶのが聞こえる。それと呼応するように高麗門が僅かに開き井楼を守っている後藤隊に鉄砲が撃ち込まれる。運悪く数名の兵が討たれてしまった。


 「うぬ、小癪な! それ打ち返せ! 一斉に撃たなくても良い。各自狙いを定めて確実に撃て! 」


 後藤鉄砲隊の大将の檄が飛ぶ。

 開いた門から射撃を行っていた石川兵はすぐに撃たれて、門は再び閉ざされた。

 

 井楼の上から櫓門に向って攻撃がはじまった。


 「あの大きな狭間を狙い打ちこめ! 」


 ここでは秀範の激が飛ぶ。


 「お主は下の鉄砲隊を狙い撃て。」


 とあるものには高麗門の中にいる鉄砲隊への射撃を命じた。高麗門の中の籠城兵は一人、また一人と数を減らしていく。高麗門の中の兵たちは板塀と竹束で防御態勢を取りだした。櫓門の狭間からの攻撃はまだ激しい。


 「よし、弓手は櫓門に火矢を討ちかけよ! 上手く火がついたものには恩賞をとらす! 」


 弓手にはっぱをかける。

 しかし櫓門には漆喰が厚く塗られているのか、なかなか火がつかない。


 「うぬ、さればあの狭間に火矢を打ち込んでみよ! 」


 大きな細長い鉄砲狭間に打ち込むように方針を変え指示を出した。

 懸命に井楼組が攻撃を仕掛けている間、後藤隊は高麗門に取り付いた。後藤隊の侍大将が激を飛ばす。


 「それ掛け矢をかけよ! くさびを打ち込め! 」


 高麗門の中の兵たちは、井楼からの攻撃を避けるため壁際の死角に一時避難していたが、門を叩く音が聞こえると


 「やや、門が危ない! させてなるものか! 」


 と狭間から鉄砲を撃ちかけた。

 門に取り付いていた後藤兵十数人が討たれたが、後藤兵たちは怯まないで門を破壊を続ける。

 後藤兵が門の前に押し寄せた。


 とその時、門兵の中の将が叫んだ。


 「頃合いよし! 梁を落とせ! 」


 一人の門兵が内側から手を伸ばし何かの綱を切るのが井楼から見えた。

 次の瞬間、高麗門の屋根の梁が大きな音を建てて落下した。


 『ぐわんっぐわんっ! 』


 後藤兵十数名が落下した梁に潰された。

 「ぎゃ~っ! 足が、足が動かぬ! 誰かこいつをどけてくれ! 」


 手が回らぬほどの太さの丸太に足を挟まれた兵が叫んでいる。

 仲間を助け出そうと丸太を抱えるがびくともしない。こうなると門に取り付いている兵はいなくなってしまった。すかさず、また狭間から鉄砲が撃ち込まれて門の前にいた後藤兵は全滅した。その数は三十数名にも及んだ。

 基次は門に取り付くのを一旦やめさせた。

 刻は開戦から半日が過ぎていた。戦況を見つめていた信幸は、引き金を討ち当初の陣に引き揚げさせた。もちろん井楼も下げさせた。

 

 「うむ、本日の戦はここまでといたしましょう。本日の戦は負けでござる。」


 信幸は悔しげにそう告げた。

 城内からの突撃に備え、黒門へと続く橋の手前に柵を建てさる。


 「後藤殿、兵はいかほどやらましたか? 」


 「傷を負ったものを含め五十名でございます。やられましたわ! 」


 悔しそうではあったが、さばさばとした口調で答えた。


 「康長め、なかなかやるではないか。」


 天守閣を眺めながら信幸はつぶやいた。


 松本城の攻城戦は、攻城方合計五十四名、籠城方二十四名の死傷者を出して終わった。守りきった籠城方の勝利と言っても良い。 


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