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秀吉の遺言  作者: 鳥越 暁
新たな日本の形
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石見攻め その五

 石見城へと続く矮路脇に伏せていた毛利兵を駆逐した秀康軍は、正面から塙直之が兵を進める。

 左手からは明石全登、前田利長隊が石見城を回り込むように進む。


 塙直之隊は矮路の中へ進んでいた。直之は釣り野伏せを仕掛けられていたら大きな被害が出ていたであろうと、左右を眺めて背筋が寒くなる思いであった。順調に隊は進み、中ほどまで来た頃である。


 『たーんっ』


 乾いた音が林内に木霊した。塙隊の兵達が首を竦め、辺りを見回し、大将の直之を見やる。すると直之は馬上からゆっくりと体を傾けていき、落馬した。


 「殿! 殿! 」


 直之の近衆の者が叫ぶ。先程の銃声は直之を狙ったものであった。兵達が直之を囲み、直之を守る。先程叫んだ近衆の者が直之の体を診る。見ると前立てが砕けており、そこに銃弾が当たった事が分かった。慌てて兜を取ってみると、そこに傷はなかった。どうやら銃弾は兜を貫通せずにすんだらしい。直之は衝撃で脳振とうを起こしたのであった。


 「皆の者、殿は無事じゃ! 慌てるな! この門司源七郎の差配に従え! 」


 ざわめく兵達を直之近衆の門司源七郎がすばやく落ち着かせた。源七郎は守りを固めると秀康に幌武者を走らせ事を知らせる。



 「何! 直之殿が撃たれたと!? 」


 「はい。右手の林の中から狙撃されました。今は主・直之様を囲み守っているところでございます。」


 幌武者の言う所ではどうやら直之は無事らしい。秀康と慶次郎はほっと胸をなでおろした。


 「重堅。その方はこの頸木前田隊を率いよ。秀康殿の差配に従え。金十郎も重堅を支えよ。

  秀康殿、儂は直之殿の兵を率います。儂が行ったら直之殿をこちらに運びます故、後は頼みました。」


 慶次郎は倒れた直之に代わり塙隊を率いるために向かい、入れ替わりに直之が運び込まれた。運び込まれた直之は既に意識を回復していたが、落馬の際に右腕と背中を強打し痛めていた。




 直之を狙撃した毛利鉄砲兵であるが、金十郎率いる鉄砲選抜隊に足を撃たれて動けなかった。その為、石見城内に逃げ込めなかったのである。せめて一矢報いようと、力を振り絞り直之を狙撃したのであった。慶次郎が林内に兵を差し向けて狙撃兵を見つけた時は、すでに出血により事切れていたのである。


 慶次郎が率いる直之隊は激しく石見城正門を攻めた。門兵達も必死に抵抗するが、火力の差は大きく抵抗も徐々に弱くなっていく。


 「さて、門司源七郎。その方、千兵を率いて門を打ち砕け。」


 慶次郎は主が怪我を負い、責任を感じているであろう門司源七郎に働きの場を与えてやるのであった。


 「御意! 」


 源七郎の門への攻撃は激しく、やがて門は破壊された。どっと兵が雪崩れ込んでいく。




 三の丸の郭を取られた毛利輝元は慌てた。すぐに兵を纏めると裏から退却をはじめ、官兵衛のいる大森へ向かう。退却をはじめる輝元を官兵衛より戦目付に付けられていた衣笠景延が激しく非難し、石見城に留まるように迫るが、輝元は五月蠅いとばかりに切り捨てた。



 毛利輝元が退却した石見城を秀康軍は難なく接収する。石見城に結城秀康、前田慶次郎、怪我をしている塙直之が入り、大森代官所方面の街道に明石全登、前田利長隊が陣を構えた。真田幸昌は石見城正門に続く矮路前に陣を張る。高山に対する備えである。

 秀康ら全ての隊が配置についた時は、すでに夕刻で、闇が忍び寄ってきている。そのまま夜を迎えるのだった。


 「秀康殿。冷え込みが激しいですな。このまま一晩となると外の者達の体力が奪われましょう。それぞれ火を焚かせて暖を取らせましょうや。」


 慶次郎は秀康に言う。確かに野営では兵の士気が落ちる。そこに今宵の冷え込みではなおさらだ。皆を城内に入れてやれるだけの広さは石見城にはなかった。


 「しかし、慶次郎殿。大がかりな焚き火となりますと敵にとって、格好の的となってしまいますぞ。」


 秀康は危険ではないかと思ったのだ。


 「我が方の兵達はそれぞれ歴戦の者達。夜襲があったとて問題ありますまい。」


 慶次郎は笑う。確かに慶次郎の言うとおりであるが、それでも秀康は不安であった。


 「秀康殿。おそらく官兵衛や毛利輝元は仕掛けてきませぬ。堂々と火を焚けば、そこに何やら策があるやもと考えるものですよ。仕掛けてくるとすれば高山の黒田長政でしょう。それも可能性は低いと見ました。」


 策師であればあるほど深読みをしてしまうかもしれぬと、秀康は慶次郎の提言通りに火を焚かせて暖を取らせたのであった。



 翌朝、大森代官所、高山ともに黒田方の姿は消えていた。夜の内に撤退して行ったのだった。

 秀康軍は山吹城まで進軍したが、やはり黒田軍は見当たらなかった。


 秀康は物見を放ち、敵である黒田軍の動静を調べさせた結果、黒田軍は山陰道へ出て南下しているという。おそらく亀山城辺りに入るのではないかと思われた。



 「さて、この石見の仕置だが佐分利重堅殿。その方が治められよ。これは既に上様も承知の事。」


 秀康は佐分利重堅に石見の統治をまかせる旨を申し渡した。慶次郎も頷いて笑っている。


 「その方には言っておらなかったがな、重堅。その方は今より大名じゃ。上手く治めろよ。それから向井金十郎をその方の家臣とする。」


 佐分利は恐れ多いと断るのであるが、秀頼の命と言われ引き受けることになったのであった。

 慶次郎は引き連れた五千兵をそっくりそのまま佐分利に授けたのである。




○大阪城


 「さて、上様。石見はこれからどうされますか? 」


 真田幸村は秀頼に尋ねる。石見国の石見城、山吹城を抑え、山吹城に佐分利重堅を入れたとの報告がもたらされていた。佐分利重堅には四万石を与えた。


 「慌てることはないであろう。その方が軍師なれば、存念を申せ。」


 「はい。では。しばらくは佐分利殿に領内を統治させ、力を蓄えさせましょう。力押しできなくはありませぬが、石見国内は徳川から毛利、毛利から徳川、黒田、そして我が豊臣とめまぐるしく統治する者が変わり疲弊しております。まずは領内をしっかりと治めるべきでしょう。」


 「そうだな。しかし、いつ官兵衛が仕掛けてくるやもしれぬから、佐分利を支える者を送らねばならぬの。」


 「はい。 温泉津港を抑えるためにも鵜丸城に堅田元慶殿を入れてはいかがと思います。元慶殿は物見役を任じられておりますが、一旦、任を解き、佐分利殿の寄騎としてはどうかと。」


 「ふむ。毛利水軍など今更怖くはないが、港を任せるとなると、そこそこの兵を雇わねばなるまいな。二万石で治めさせるとしよう。」


 こうして石見国に佐分利重堅と、その寄騎として堅田元慶が入領した。


 「幸村。そろそろ九州もなんとかせねばな。」


 九州には唯一豊臣以外の勢力として黒田に乗っ取られた鍋島家がある。その鍋島家をいよいよ討伐することにしたのであった。



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