愚者の愚行
リアルなノンフィクションで綴る数日間。
去年の夏。ほぼノンフィクションな『逃げ水』という話を書いた。
駅のトイレに大事なもの山盛り入ったショルダーバッグを忘れた顛末を。
問題なのは、それが初犯ではないということで。
落とし物・忘れ物のエキスパートなんである。
うん、またやらかしたんだ。
というわけで、数日間の赤裸々日記を公開しよう。
10月20日(月)
仕事を終え、帰宅したのは23時になろうという頃である。玄関で気が付く。
「鍵が無ぇ……」
私の鍵は。リュック内部から繋がったポーチの中に入れている。
取り出すのが面倒なので(そういうとこだぞ、おい)、
伸びるリールを付けて外に出し、いちいちリュックを降ろさず取り出せるようにしていた。
ぶっちり。
リール部分の先がないではないか。
「容疑者は乗っていた電車の扉横の手すりだな」
降車の際、何かが手すりに引っかかった感触があったからだ。
ただ、ざっと見たところ何も落ちていなかったのでそのまま下車したわけだが。
おそらく、リール部分が引っ張られた反動で、少し遠くへ飛んでいったのだろう。
原因としては他に疑いようがなかった。
ただ、何らかの行動するには時間がネックである。
23時。深夜帯。
警察だろうとJRだろうと、業務は終了している。
終電まではまだ間があっても、問い合わせ業務はやっていない時間だ。
仕事帰りで疲れてもいた。
幸い、食事は済ませていたのでその心配はない。
今からホテル探して移動する?
正直、動きたくない。
後、近隣の宿は海外からの観光客に占拠されている。
知人宅を頼るにしても、この時間は迷惑でしかない。
「いいや。ここで寝ちゃおう」
というわけで、玄関横のほぼ物置に巣を作ることにした。
屋根はある。壁も三方にある。一面がオープンなだけで。
取られるようなものは何もない。ついでに人も来ない。
そういう場所である。
床はコンクリート。
地面に直接ではないので、小石などに悩まされることはないだろう。
一応、床はざっと箒で掃いた。
風呂は諦めた。一番近くの銭湯ももう営業を終えている頃だ。
私のバッグは「なんでそんなに大きいの」とか人に聞かれるくらい
大きく、そして色々入っている。
そこにはボディペーパーなんかもあるんである。
それで全身と髪を拭いてちょっとすっきりした。
ちなみにトイレ問題は徒歩5分ほどの公園にトイレがあるのでそこを使う。
物置と言ったが、本来は通路である。
一番奥に家に繋がる扉がある(もちろん現在は開かない)。
片側は岩壁というか。石積みの壁。
通路なので幅は狭く、そして天井灯があるので暗くはないが、
ほぼ外なのでコンセントもない。
コンセントがないのでスマホの充電ができないのが一番痛かった。
最奥の扉の前に寝場所を作る。
コンクリの上で直接寝るなんてことはさすがにできない。
そこそこの大きさの段ボールとレジャーシートを発見したので敷いてみた。
うん、座るくらいなら問題はない。
ただ上掛けになるものや枕はないのだ。
枕の代わりになったのは、古いエプロン類の入った袋である。
ただし、放置して長いので着用には向かない。
捨てそびれアイテムとも言う。
外扱いなので水もない。
しかし帰路、水や牛乳を購入していたので飲み物には困らない。
温かくはないだけである。
座り込んでスマホで検索。
どうやらJRにはチャットで忘れ物の問い合わせができるようなんである。
ただし、返答は午前9時以降だという。
分かる限りの情報を入力。
基本的に、私という人間はそれほど運が悪いわけではない。
まあ最悪よりマシ程度であっても、なんとかなってきた程度には悪くない。
よく物も落とすが、返ってこなかったのは高校生時代の財布
(しかも物は少女漫画雑誌の全プレ)で、中身は数千円。
それと携帯が一台。
ちなみに携帯関連は代々一度は落としているので、
そこから考えると悪くない勝率である。
でもって、落としたのは鍵。
これって他人がネコババしたいとも思わないアイテム。
どこの家のものなのか分からないんだから使いようもないし。
そして私が乗車していた電車は、時間的なこともあり、
乗っていた人間は少なかった。
車両もほぼ無人に近いくらいで。
なので、絶対見つかる、という確信はあったのだ。
何せ怪しい瞬間を記憶していたのだから。
しかしどうにも、段ボールとレジャーシートの上で横になっても
当然快適さはない。
というより、痛い。
なので発掘したパイプ椅子をお掃除シートで拭いて座ることにした。
ちなみに、水や牛乳と一緒にお掃除シートも購入して帰って来ていたのだよ。
ちょっと拭きたいところがあったから。
いきなりお役立ちである。
扉にもたれかけるように椅子を置き、
その背の上にリュックを置いて、
結局パイプ椅子の上でうたた寝して朝を迎えることになる。
床に敷いた段ボールとレジャーシートの意味とは。
10月21日(火)
この日は元から休日である。しかし友人と昼から会う約束をしていた。
ずっと楽しみにしていたので、これは外せない。
洗面は公園でなんとか。
ただし、着替えはなくそのままである。
手鏡と櫛はあるので身支度をする。
チャットの返事が来ていたが「該当なし」。
そんなはずはないだろうと、直接駅に向かうことにした。
途中、コンビニでスマホの充電器を購入。単3電池を使うやつ。
最近よく見かけるレンタルバッテリーだが、
その手続きの途中で充電ゼロになりそうだったのでね……。
あとあれ、費用についてまったく触れていないのが気になる。
売ってるバッテリーは充電されていないだろうから避けた。
さて。JRの最寄り駅のお忘れ物センターへ直行。
場所を知っているのが過去のあれこれを思わされて悲しい。
しかし直接説明できるのが良かったのか、
鍵、無事発見!!!
なんか車庫まで行っていたらしい。
しかしここからが問題だった。
お忘れ物センターから先方への電話が通じない。
とりあえず友人との待ち合わせがあるので移動。
ちなみに勤務地のある駅だ。
お忘れ物センターの兄ちゃんは、降車駅の改札で車庫への連絡してもらえると言っていたが。
「できません」て言われたよ、おい。
仕方ないので車庫最寄りのお忘れ物センターを調べて電話してみた。
鍵(取り扱い)のIDは教えてもらっていたのでそれを告げると。
「もうしわけございません。只今移送中とのことです」
「? じゃあ今日、現地まで行きますが?」
「お引渡し可能なのは23日以降となります」
「最寄り駅まで送ってもらうことはできますか?」
「申し訳ございませんができかねます」
ごねた。
どうしても今日中に欲しいとごねた。
でも規則の前に敗北。
ちなみに車庫は兵庫県姫路市の網干。
受け取れるのは兵庫県の姫路駅のお忘れ物センターである。
とてもとおい。本気で遠い。
ちなみに、車庫は一般人の立ち入りが禁止で、
忘れ物で押しかけたら電車の運行に支障が……とまで言われちゃあね。
最後は半分切れ気味で通話を終えた。
オペレーターのおねえさんが悪くないことは分かっている。
しかし今日どころかあと数晩、家の中に入れないことが決定した瞬間であった。
なんで移送にそんな時間がかかるのか激しく謎。
まあ車庫の業務外ではあるが。
さすがに鍵を落として家に入れないとか恥ずかしすぎて友人には言えず。
普通に楽しくお話して解散。
その後、百均で下着やTシャツなどを購入。
そう。ホテルに宿泊するとか、頭から考えていなかった模様。
半外サバイバル続行。
途中、銭湯に寄って帰宅。
この日は、一日中暑くて。
観測史上でも真夏日と言われるくらいだったので、
物置の巣でも特に寒くはなかったのが救い。
それでも、横になろうとすると居心地が悪く。
おそらくはうたた寝はしたものの熟睡は不可であった。
やはりせめて上掛けが欲しい……。
10月22日(水)
「どうせまともに寝られないんだから」ということで、
早くに出ることにした。
通常の出勤の1時間以上前に。
そうしたら、乗ってた電車が違う路線を走っていたでござる。
乗り間違えだ。
同じホームで違う行先の電車が走ることがあって。
過去にも間違えて乗ったことがある。
早く出てきていたのが幸いして、職場には余裕をもって到着。
不幸中の幸い。
朝マックしちゃえるくらい余裕。
仕事は何事もなく終了。
おとなしくさっさと帰ることにして。
着替えとひざ掛けを購入。
本当は毛布が欲しいところだけれど、
そういうお店は仕事終わったころには開いてないんだよ……。
前日と違って寒いんですけど!?
最寄りの銭湯は少し離れたところにあるので、微妙に湯冷め。
鼻も詰まってる感じだし、これは風邪を引いたか。
さもありなん。
後、歯だか歯茎だかが痛い。
これ、絶対ストレスから来てるだろ?
鎮痛剤を服用してなんとか眠ろうとする。
が、横になっても椅子に座っても、ろくに眠れず。
ひざ掛けは裏ボア付きで大層暖かなのだが、いかんせん小さい。
しかし後のことを考えると二枚はいらないしなあ。
10月23日(木)
ろくに寝られなかったので、これはもう会社に行って休憩室で寝ようと決意。
少なくとも休憩室は寒くはないし。
なので午前5時から活動開始。
ただ、歯だか歯茎だかが痛いのは継続。
むしろ悪化している模様。
上唇が腫れている。
そのため、大きく口を開けることができない。
痛みを感じると食事もできないので、またしても鎮痛剤のお世話に。
知ってる。容量用法を正しく守って、ってやつは。
昔読んだ佐々木倫子がコミカライズした『おたんこナース』を思い出す。
生理痛だかで薬が効かなくて、飲みすぎで気分が悪くなって救急搬送されるやつ。
そこまで一挙には飲まない。
飲まないけど、一日の分量を大幅に超えている。
だって二時間で効果が切れるんだもの……。
がんばって耐えても3時間が限度。
ここまでの暴挙は過去にもしたことがないのだが。
幸い、気分が悪くなることはなかった。
本日は元々、短時間勤務。14時半に上がりだ。昼食時間はなし。
だから「23日からお引渡し」と聞いて、仕事帰りに直行することにしたわけで。
終業までの時間が過ぎるのが遅く感じられるほどだった。
もう。待ちに待っていたので。
職場最寄り駅から目的地までほぼ2時間。
幸い座れたけれど2時間はきつい。
まあほとんど寝ていたが。
運賃も結構な痛手だった……。
姫路なぞ、前に来たのは何十年前?
というレベルだった。
姫路城に行ったのよ。天守閣までぐるぐる歩かされた記憶。
まあ城だから仕方ない。
いやあ、大きな駅だねえ。
新幹線の駅でもあるしね。
街の様子もとっても都会。
改札を出た後に案内表示通りに進んで無事お忘れ物センターへ。
そして。スピーディに受付もされ、鍵が返ってきた!!!
感涙。
お昼も食べずに直行したので、安心したら空腹を感じる。
せっかくだから、卵子焼きをいただかねば。
現地で「明石焼き」とか言っちゃあいけない。
お約束である。
お出汁でいただくので、上唇の腫れている私にもやさしい。
そして食事代わりにするにはちと足らんな……。
だからと言って、名物のまねきそばだの、海鮮どんぶりだのはさすがに胃の容量超え。
残念。しらすどんぶりにすれば良かった……。
「姫路まで忘れ物取りに行ってくる」
と周囲の人には言ってあったのでお土産を物色。
これが結構難問。
そしてまた2時間電車に揺られて帰る。
遠いよ、姫路。高いよ、運賃。
いや、鍵を落とした自分が全面的に悪いのはよく分かっているけれども。
地元駅に着いて、浮かれて買い物してから帰る。
ちょっとマステが11個に野帳が5冊だけど、どうせ買う予定のものだったし。
問題ない。問題ない。
(連載中のエッセイ『ここに馬鹿がいます。文房具馬鹿です』参照のこと)
上唇が腫れている状態なので、
スープ類中心に食料も確保。
色々あって、家ではほぼ調理をしないことにしている。
うん。本当に色々あったんだ。
ご機嫌で帰宅したならば雨。
良かった。半野宿中じゃなくて。
あの場所、岩壁伝って雨が流れてくるんだよね。
ともあれ、ようやく家の中に入れて一息ついたところで。
……発熱してますやん。
気を張ってたのが緩んだんだろうな。
あと、ここ数日まともに眠れてなかったせいもあるだろう。
風邪薬を飲んで爆睡。
微熱があったので、風呂はなし。
10月24日(金)
昨日は上唇だけがちょっと腫れてるという状態であったのだが。
一晩明けてみればあなた。
「おまえ、誰だよ」
両側の頬が腫れていたんである。
ぱんぱん。
ありていに言って、ムーミンのシルエット。
半野外生活はストレスが大きかったらしい。
そりゃそうか。
ちなみにがっつり発熱もしていたり。
幸い、本日・明日は連休なんである。
冷えピタを貼りまくった怪しい顔を誰に晒す必要もない。
元から、ようやくお家で寝られると、一日中寝ているつもりでもあった。
引きこもりのための食糧も準備してある。
なにより幸いなことは。
昨日あった痛みがまったくないことだ。
痛くないって素晴らしい。
もう過剰に鎮痛剤を飲むこともない。
原因がストレスだと、分かりやすすぎるだろう、自分。
午後には熱もほぼなくなり、上唇の腫れも引いた。
両頬はまだ腫れているし、発熱の名残で三重瞼だけれども。
……これだけ腫れていると、一切の皺もないんだぜ?
これはムーミンを許容しても良いのではと、血迷ったことも考える。
ちょっと横向きだと、平安美女のシルエットなんである。
なかなか別人の域なんだが。
まあ明日には腫れも引くでしょう。
さて。
無事に家に入れるようになって、温かい場所で睡眠もしっかり取って。
思考もクリアになってきたところで。
自分の行動、おかしいよな、という当たり前のことに行きつく。
いくら敷地内で他人が入ってこないとはいえ。
若くはないけれども性別は女性。
キャンプなどの経験もない。
それが三晩とはいえ半野宿するのはおかしい。
初日の帰宅したら鍵がなかった日はまあ、まだ仕方ないにしろ。
あとの二日はする必要がなかった。
実は近所の人に鍵を落としたと告げると
「うちに泊まったらええ」
とかも言ってもらえていたんである。
給料日前で金がないにしろ、カードだってあるわけだし。
職場に近いビジネスで宿泊したって良いわけである。
真夏でも真冬でもなかったというのも大きいだろう。
大きく体調を崩してはいないけれど、ストレスにはやられてしまったが。
ちなみにご近所のおうちでの宿泊を選ばなかったのは。
自分のペースで動けないのが嫌だったから。
勝手な奴である。
とかなんとか言っているが。
実のところ。
ファンタジー世界だと当たり前の野宿をしてみたかった。
これに尽きる。
大馬鹿である。
巣にした場所も「洞窟に似ていないこともない」なんて思っていた。
やはり屋根があるの大事。
しかし軟弱な現代人にはコンクリの上とは言え、床に寝るのは厳しく。
まともに寝ていられなかった。
固い、冷たい。
当たり前である。
冷たい地面は体温を奪う。
そんなことは知っていたとも。
どれほど疲れていても熟睡はできないから、
常に睡眠不足を抱えることになる。
宿に泊まるありがたさを実感した。
うむ。きちんと宿がある設定にせねば。
果たしてこの馬鹿な体験が創作に活かされる日は来るのか。
それはまだ誰にも分からない。
まだムーミン。




