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最強の騎士が私のために「ざまぁ劇」を用意してくれましたが、復讐より彼が気になって仕方ありません

作者: 桜木ひより
掲載日:2026/03/16

断罪されたのは、昨夜のことだ。


なのに今朝……私、アンナ・フォン・クラインはいつものように実家の庭でポーチドエッグを食べていた。



庭師が丹精した菜園。季節の花。涼しい朝の空気。


全部、昨日と変わらない、美しい風景だ。


一つ変わったことと言えば、婚約者がいなくなったことくらいだ。



アンナはカップを持ち上げながら呟いた。


「……まあそういうこともありますわね」


過去のことをいつまでも引きずるのは性に合わない。


元々、王子とは最初から話が合わなかった。


趣味も違う、考え方も違う、食事の時間帯まで違う……。


そんな何もかも合わない赤の他人に三年間、ひたすら私が合わせ続けていた。



婚約破棄とは、つまり……もう自由だということだ。


婚約破棄されて、最初は悲しかったりショックだったけれど、今ではとてもすっきりしている。


(そもそも、政略結婚だったから愛なんてなかったし、合わない人にずっと気を使って暮らしていたのは、私にとって大きなストレスだったのかしら……)


そんなことを考えながらしばらく食事を続けていると、庭の門が開いた。




そこから入ってきたのは、セヴァンだった。


彼はセヴァン・ディアス、二十二歳。

王国騎士団副団長で、私の数少ない幼なじみでもある。


幼いころから隣の家に住んでいたので、庭から直接来るのは今に始まったことではない。



ただ、今日はなんとなくいつもと雰囲気が違った。

険しい顔で真っ直ぐこちらを見ている。


「……アンナ」


「おはよう。パン食べる?」


「……食べない」


セヴァンは椅子を引いてアンナの向かいに座った。

膝の上では、拳が握られている。


「あのさ……あのこと、俺がやり返すよ」


「え?なんのこと?」


「昨夜のことだ。お前は黙ってなんでも許しすぎじゃないか?

俺が……アンナの代わりにあいつらにお返ししてやる」


私は一口パンを飲み込んでから、少し考えた。


「うーん……別にいいよ、そんなに気にしてないから」


「良くない」


即答だった。


「よ、良くないんだ……」


セヴァンは低い声で繰り返した。彼にしては珍しく、声に感情が乗っていた。

 

アンナは手を止めた。

この男が感情を声に出すのを、十九年の付き合いでそう多く聞いたことがない。

本当に怒っているのだろう。


「……なんでそんなに怒ってるの?」


ただ、純粋な疑問だった。



「……」


セヴァンは、険しい顔で何も答えなかった。

ただ、テーブルの上に乗っていた彼の拳が、強く握られていた。




それから、色々な事が動いていった。


私については……特に何もしなかった。


次の生活を考えながら、本を読んだり、庭の手入れをしたり……

特に影響されることなく、いつも通りに過ごしていた。


父上や家族が少しあわただしそうにしていたけれど、そこまで大したことはないだろう。




その裏で、セヴァンが動いていた。



最初に知ったのは、三日後のことだった。


「お前を捨てた、カイル王子の議会工作についてなのだが……

複数の証人から証言を取り書面化した。騎士団の記録として正式に提出しておいたからな」


急な報告にアンナは目を瞬かせた。


「……こんなこと、いつの間に?」


「三日ほど前に動き出してな」


「早すぎるわ……誰かと一緒に調査してくれたの?お父様とか?」


「いいや、一人でやったさ。まだやることがたくさんあるからな。

今日は一旦報告だけしに来た。失礼する」



一礼してセヴァンは帰っていった。



それからまたしばらくして。


また、私の部屋にセヴァンが訪れてきた。


「カイル王子が贔屓にしていた、エルゼ嬢の出身地で債務不履行の記録が三件あった。

こちらも関係者を通じ文書を取寄せ、社交界の記録係に届けておいた」


「……どこまで調べたの?」


「必要なことをしただけだ」


「そこまで必要だった?」


「……そうだ」


セヴァンはそれだけ言って、また帰っていった。



アンナは自分でも不思議だったが、怒りや溜飲が下がるような感覚は、なかった。

ただあった感情は「この人は今、何をしているのだろうか」という、静かな関心だけ。


観察眼には自信がある。余計な感情に流されないぶん、他人の様子がよく見えた。


セヴァンの顔は、ただ、やると決めたことをやっている顔のように見えた。


それが少し、自分の中で気になった。



七日目の午後。


「以前、アンナの断罪の証人として立った貴族五名についてなのだが……

あの証言が虚偽だったと判明した。こちらも以前報告したものと同じように、文書化して騎士団経由で議会図書館に提出した。これも正式な不正の記録になる。もうすこしだ。」


「……本当に全部やっちゃうんだ」


「やると言っただろう」


 アンナはソファから立ち上がった。

「ねえ、セヴァン」


「なんだ」


「なんでそこまで……私のために頑張ってくれるの?」


これも単純な疑問だった。

自分は婚約破棄されたことに怒っていない……し、頼んだわけでもないのに、この人は私のために、あれから何日も休まず動き続けてくれている。


それについて聞いても、セヴァンは答えてくれなかった。


ただ、「当然だ」とだけ言い、その日も帰っていった。





計画が全て終わったのは、八日目の夕方だった。


アンナの家の居間で、セヴァンは何も言わずに椅子に座っていた。


いつもは用が終わったら帰るので、珍しく感じた。




窓からは夕陽が差し込んでいる。

オレンジの光がフローリングに斜めに伸びていた。


私は向かいに座ってから、少し迷って……口を開いた。


「ねえ。本当に、なんでここまでしたの?」



セヴァンはすぐには答えなかった。ただ、しばらく窓を見ていた。


セヴァンは長く黙っていた。

私が「やっぱりいい」と言いかけようとした時、セヴァンが口を開いた。


「……お前が怒らないから。」


 アンナは少し首を傾けた。「?」が顔に出た。


「お前があの件に対して全く怒らないし、気にしないから…俺が代わりに怒っているんだ」



静かな声だった。

 

アンナは三秒ほど、その言葉の意味を考えた。


考えていると何かが、ゆっくり落ちてきた感触がした。




断罪の夜。

会場から帰ったとき、屋敷の門のところにセヴァンが立っていて、初めて心配してくれたのはセヴァンだった。


翌朝。

庭で朝食を食べていたとき、これも最初に顔を見に来たのはセヴァンだった。


この一週間、ずっと私のために動いていたのもセヴァンだった。


私が気づいたとき、私が悔しがるより先に、怒っている人間がいた。

全部、私のために。



なんでそこまで、と思って——


(ああ……この感情は…)

アンナは自分の胸に手を当てた。


心臓が、いつもより速く動いていた。





その日、何も言えないままだったけど、セヴァンには帰ってもらった。



翌朝、一人で庭に出た。


昨夜のことを思い出すと、少し恥ずかしかった。

ちゃんと言葉を返せない自分が、珍しくてわかりにくかった。


私は観察眼が鋭い。他人の感情の動きはよく見える。



ただ一点、自分の感情にはひどく疎かった。

誰かを好きになるという感覚を、あまりよく知らなかった。


だけれど、それが今……はっきりと自覚できるようになっていた。


 (なんで、今まで気づかなかったんだろう)


幼なじみだから、優しいから、という答えで何年もそこで止まっていた。


セヴァンが怒ってもセヴァンが心配しても、それを「当然」として受け取ってきた。

当然ではなかったのだ。



正式な謝罪文が王宮から届いたのは、それから数日後のことだった。


封蝋入りの白い便箋。

筆跡が丁寧で、明らかに担当者が苦労して書いている。


(今の私に言われても、もうどうでもいいことね)

アンナは一行目を読んで、脇に置いた。



不正の数々が明るみになったのに、王宮の対応は手紙で謝罪をするだけ……


別に結婚破棄を撤回してほしかったとか、もっと謝ってほしかったとかでもないけれど……


王宮やカイル王子にとっては、この程度のことだったのだろう。

このことも、きっと私たち以外が知ることはない。


まあもう私は王子のことはどうでもいいし、これ以上考えても時間の無駄か…



そんなこんなで色々な事を考えているうちに、庭の門が開いた。

セヴァンがくる、いつもの音だ。


「おはよう、アンナ」


「おはよう、セヴァン」


セヴァンが向かいに立っている。

今日は仕事着ではなく、普段着だった。


「今朝、王宮から謝罪文が来たわ」


「そうか。もう読んだのか?」


「いいえ、ほとんど読んでないわ、だって今さら謝られても、意味ないもの」


私は手紙を指差してそう答えてから、セヴァンの方を向いた。



「……ねえ、セヴァン。ありがとう」


「当然だ」


いつもその返事ね、と思って、私は少しだけ笑った。



「あなたって、昔からそうよね。わたしが気づく前に、いつもそこにいるもの」


セヴァンは頷くだけで、何も言わなかった。



「転んだときも、試験で落ちたときも……婚約の話がうまくいかなかった夜も」


庭師が植えた薔薇の向こうで、鳥が鳴いている。



「カイル王子にときめいたことは、一度もなかったわ」


私は自分の声が少し緊張しているのに気づいた。

緊張するのは珍しい。でも不思議と、言葉は止まらなかった。


「でも、あなたのこと、昔から、ずっと……」


セヴァンがこちらを見ていることに気が付いてしまい、言葉が止まってしまった。


真正面から、まっすぐ。こんな顔で見られたのは、今まで一度もなかった。

無表情ではなく……愛しい物を見守る、柔らかい表情をしていた。


「ずっと、好きだったと思う」


声に出したら、不思議と楽になった。

セヴァンはしばらく黙っていた。



もしかして困らせたかと思い始めたとき、一言だけ返事が返ってきた。



「……俺は、もっと前からだ」


庭に暖かい昼下がりの風が吹いた。


私は少し間を置いてから、また笑った。

今度は、心から素直な笑顔だった。


「それ、もう少し早く言えばよかったのに……」


「お前が気づかないから言えなかったんだ」


「それはそうかも」


「……そうかも、じゃない」


セヴァンの声が、珍しく震えている。

困ったような……もしかして照れているの?


私はしばらく、その横顔を見ていた。


この人が感情を隠すのが苦手なのを、今日初めて知った。


ずっと隠していたのではなく、ずっと「当然だ」と言い続けることで、何もかも飲み込んでいたのだ。


「……ねえ、セヴァン」


「なんだ」


「これからは、困ったときはすぐ言って。すぐ気づけないかもしれないけど」


セヴァンは答えなかった。

でも、静かに隣に来て座ったので、返事はそれだということにした。



【完】


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― 新着の感想 ―
アンナ視点だと手紙1つの謝罪だけど実は裏で王子の継承権が下がったり、浮気相手の家が没落してない?謹慎中だから王子直筆でないとか。 王家と婚約出来る程の家の娘に冤罪仕掛けておいて本当に手紙1つだと、臣…
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