ずっと忘れられない
2028年6月
「ずっと忘れられない」ミリオンヒット
新たな幕開けが始まる東京ドームシティホール、バックステージ。
午後11時を回った頃、ステージの熱気がまだ残る空気の中で、凛は鏡の前に立っていた。
黒い瞳が、照明の残光を映して静かに輝いている。赤いカラコンを外して3ヶ月。
最初は違和感しかなかった自分の顔が、今は少しずつ「凛」として馴染み始めていた。
「凛ちゃん、お疲れ様」
悠里が後ろから近づき、軽く肩に手を置く。スタイリスト兼マネージャーの彼女は、今日も凛の黒髪を優しく整えながら微笑んだ。
「今日のステージ、最高だったよ。黒い目が本当に映えてた。ファンも『凛ちゃんの目が優しくなった』って大騒ぎ」 凛は鏡の中の自分を見つめ、ゆっくり頷く。
「ありがとう、悠里さん。でも……なんか、零の視線を感じなかった」 悠里の手が一瞬止まる。
「零さん、今日は客席じゃなくて、控室のモニターで見てたみたいだよ」
彼女の声は穏やかだったが、どこか微かな翳りがあった。 控室のドアが静かに開く。
真琴が入ってきた。キーボーディストの彼女は、汗ばんだ額をタオルで拭きながら、いつもの優しい笑顔を浮かべる。
「凛ちゃん、ミリオンおめでとう! 『ずっと忘れられない』、本当にすごいよ。ストリーミングも含めて、もう換算で150万超えてるって」
凛の表情が明るくなる。
「真琴ちゃん……ありがとう。みんなのおかげだよ」
彼女は立ち上がり、真琴を抱きしめた。千里ちゃんもBOHも是永も、控室に集まってきて、静かな拍手が起こる。
WIZARDのメンバー全員が、そこにいた。 しかし、零の姿はなかった。廊下の奥、暗い通路の端で、零は一人壁に寄りかかっていた。
スマホの画面に、リアルタイムのチャートが映っている。
1位。「ずっと忘れられない」――凛の声が、彼女の胸を優しく叩く。 零は目を閉じた。
(凛……この曲は、私がまだ君のそばにいた頃の、最後の贈り物だ。
聞く人を元気にするエールソング。君の黒い目で歌う姿が、こんなに眩しいなんて……予想外だった) 彼女の指が、画面をスクロールする。
ファンのコメントが溢れていた。
「凛ちゃんの黒目、めっちゃ爽やか! 元気出た」
「この曲聴くと、走りたくなる。ずっと忘れられないって、こんなに前向きな意味だったんだ」
「零さんのプロデュース、最高だったけど……凛ちゃんが変わった今の方が好きかも」
零の唇が、わずかに震えた。
(神崎さんの言葉が、正しかったのかもしれない。
私の所有が、君の光を少しずつ覆っていた。
だから……もう、離れなければ) スマホをポケットにしまう。
零はゆっくりと息を吐き、控室の方へ視線を向けた。
メンバーたちの笑い声が、遠くから聞こえてくる。
凛の声が、一番大きく響いていた。 「みんな、ありがとう! これからも、WIZARDとして……もっと大きなステージへ!」 零は微笑んだ。
それは、優しく、切ない、女性らしい微笑みだった。
(凛。
このミリオンヒットが、新たな幕開けだ。
君はもう、私のものじゃない。
自分の光で、走り続けて)
彼女は背を向け、静かに廊下を歩き始めた。
背後で、凛の笑い声がまだ響いている。
2028年6月。
「ずっと忘れられない」がミリオンを突破した夜。
零の影が、ゆっくりと、しかし確実に薄れ始める。
神崎龍一の意向が動き出し、真琴へのプロデュース交代が、秘密裏に始まろうとしていた。
WIZARDの新しい時代が、ここから静かに幕を開ける。
ずっと忘れられない
【https://drive.google.com/file/d/12xq7GCHP_SOzwYtA4u6X0bYpmDznLB05/view?usp=drivesdk】




