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セッション6 「Never Forget That Smileーあの微笑みを忘れないでー」

小林尊 プライベートピアノルーム

部屋は静かだった。

窓から差し込む冬の柔らかな光が、グランドピアノの黒い漆塗りを優しく照らす。

壁には防音材が厚く張られ、外の音は一切入らない。

小林尊は、ピアノの前に座っていた。

数々の名曲を世に送り出してきたヒットメーカー。

しかしその姿は、特別なオーラはなく優しい眼差しで空気を温めていた。


挿絵(By みてみん)

瞳は穏やかだが、深い湖のように底が見えない。

凛はブースではなく、部屋の中央に置かれたマイクの前に立っていた。


挿絵(By みてみん)


今日はブースを使わない。小林の希望だった。

「同じ空気を共有したい」

と。

零は部屋の隅のソファに静かに座り、膝の上に手を置いている。

今日は立ち入り自由。

小林は零の存在を「必要」とさえ言った。

小林は静かに、凛を見て、

「凛さん、緊張してる?」

凛は小さく微笑んで、

「少しだけ。でも、心地よい緊張です。

小林さんのピアノを、すぐそばで聴けるなんて……」

小林は軽く笑い、鍵盤に指を置いた。


「今日は、僕が生ピアノで弾く。

トラックは最小限にして、ほとんどアンプラグドに近い形で録ろう。

この歌録りは君の声と、ピアノの響きだけが主役でいい。」

凛は頷く。


小林の指が、ゆっくりと動き始める。

イントロのコードが、部屋に満ちる。

Cmaj7 – Am7 – Fmaj7 – Gsus4

静かで、広くて、遠い記憶を呼び起こすような響き。凛が目を閉じ、歌い出す。


どんなに時間が流れても

心の奥に 灯り続ける。

小林は弾きながら、凛の声に合わせてわずかにテンポを揺らす。

息を合わせるように。

凛の声が上がるところで、ピアノが優しく支え、

凛が息を吸う瞬間に、ピアノが一瞬だけ沈黙する。

1テイク目終了。

小林が鍵盤から手を離さず、静かに、

「……美しい。

でも、まだ遠くを見てる。

もっと近くに、笑顔を引き寄せて。」

凛が戸惑った表情で問い返す。

「近く……ですか?」

小林が微笑みながら、

「そうだよ。

この曲は、失われた笑顔じゃない。

今もここにある笑顔だ。

君の隣にいる人の、

君が一番よく知ってる、あの笑顔を。」

凛の視線が、零に向かう。

零は無言で、穏やかに頷いた。

小林は、

「そうだね。零さんの笑顔でいい。

我々には冷たいけど、君にだけ見せる、あの柔らかいやつ。」

凛は頬を赤くしながら、くすりと笑う。

静かな対話と深まる響きテイクを重ねるごとに、部屋の空気が変わっていく。

小林はほとんど言葉を発しない。

ただ、ピアノで語る。

凛が少し高く歌いすぎたとき、小林は次のコードを優しく弱く弾き、凛を導く。

凛が感情を込めすぎたとき、小林は左手で低音を少し強くし、凛を落ち着かせる。

まるで、二人が一つの楽器のように。


休憩のとき、小林は凛に温かい紅茶を差し出した。

「君の声は、本当に特別だね。

透明で、でも奥が深い。

Izumiさんの続きが、ここにいるって……

実はテツローさんから聞いててね。」

凛は紅茶を両手で包みながら、

「小林さんにとって、Izumiさんって……?」

小林は遠くを見るように、

「遠い日の、灯台みたいな存在だった。

僕も、零さんも、そしてたくさんのアーティストたちが……

みんな、あの人の光を見て、ここまで来た。

今、君がその光を継いでる。」

凛は静かに目を伏せた。

「私、ちゃんと継げてるかな……

不安になるときもあるんです。」

小林は優しく、

「継ぐ必要はないよ。

君は君の光でいい。

ただ、忘れないで。

笑顔を。

どんなに遠くても、どんなに時間が経っても。」


最後のテイク、午後4時。

外はすでに薄暗くなり始めていた。

「これで最後。

全部、出し切って。」

ピアノが、再び鳴り始める。

凛は目を閉じ、零の笑顔を思い浮かべる。

普段は見せない、凛にだけ見せる、

柔らかくて、少し照れたような笑顔。


Never Forget That Smile


最後のサビで、凛の声がわずかに震える。

涙が一滴、頬を伝う。

小林のピアノが、優しく包み込むように、

最後のコードを長く伸ばす。

静寂。

小林はゆっくりと鍵盤から手を離した。

小林は静かに、満足げに、

「……素晴らしい。

いや、そんな言葉じゃ足りない。

これは、祈りに近い。」

凛が微笑む。

「ありがとうございます。

小林さんのピアノが、私の心を、全部開いてくれました。」

小林は立ち上がり、凛に軽く頭を下げた。

「こちらこそ、ありがとう。

君の声に、浄化されたよ。」

零が立ち上がり、静かに近づいてくる。

凛の肩に手を置き、小林に向かって深く一礼。

「小林さん、ありがとうございました。」

小林は零を見て、微笑む。

「零さん、君の大事な人を、預からせてもらって、感謝してるよ。

あとはちゃんと仕上げるから、信頼してください。」

部屋に、穏やかな余韻が残る。

「Never Forget That Smile、あの微笑みを忘れないで」は、

静かで、深く、永遠に心に残った。


挿絵(By みてみん)


Never Forget That Smile

【https://drive.google.com/file/d/1fjOzeL7_QOeC5SJMvqvGCgxbRlbppviZ/view?usp=drivesdk】

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