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セッション4 太陽

BEGINNING Inc. 本社ビル地下 「黒のアトリエ」


ツアー「WIZARD -What a beautiful memory-」のファイナルから10 日。

凛は神崎龍一の特別な許可で、社内にある悠里のプライベートスタジオ「黒のアトリエ」を使っていた。

壁も床も天井もすべて漆黒に塗られていた。

凛はデスクに向かい、ノートとペンだけを前にしている。

何度も書いた文字を消しゴムで消す。

消しカスが散らばる。

詞が、どうしても出てこない。

「……どうして、書けないんだろう」

小さな呟きが、黒い部屋に吸い込まれていく。

ツアーの記憶は鮮やかすぎるのに、自分の言葉にしようとするとすべてが逃げてしまう。

そんな焦りと、怖さが胸の中で絡み合っている。そのとき、ドアが軽くノックされた。

「……どうぞ」

凛が顔を上げると、ドアがゆっくり開いた。

「リンちゃん」

弾けるような明るい声とともに、小さな体が飛び込んでくる。

沙月だった。

沙月は満面の笑顔で駆け寄り、凛の腰にぎゅっと抱きついた。

凛は一瞬驚いたが、すぐに膝を折って沙月を抱きしめ返す。

沙月の髪から、優しいシャンプーの香りがふわりと漂う。

「沙月ちゃん……どうしたてここに?」

沙月の後ろから、穏やかな笑みを浮かべた男性が入ってきた。

瑛太。皆川真琴の夫、沙月の父。

36歳。元Echo Tideのベーシストで、現在はBEGINNING所属の在宅スタジオアーティスト(主にミキシングやマスタリング担当)。

沙月の病気がわかってからは、音楽活動の大半をセーブし、家事・育児を最優先にしている。

穏やかで優しい雰囲気の持ち主で、いつも沙月の笑顔が自分の音楽だと言い切る人。

「すみません、凛さん。

今日は新人アーティストの打ち合わせで会社に来てて、沙月も一緒に連れてきたんです。

 この子が『リンちゃんに会いたい!』って聞かなくて……顔くらい出してもいいかなって」

瑛太は少し照れくさそうに頭を掻きながら言った。

沙月は凛のシャツの裾を握ったまま、目をキラキラさせて見上げる。

「リンちゃんのライブ、すっごくきれいだった!

 お歌聴くと元気出るんだよ! また聴きたい!」凛の胸が、ぎゅっと熱くなった。

「見に来てくれてたんだね……ありがとう、沙月ちゃん。

本当に嬉しい」

三人で少しの間、部屋の中でおしゃべりをした。


沙月は凛の膝の前に座り、瑛太はソファに腰を下ろす。話は自然と、瑛太と真琴のこれまでのことに移っていった。

「真琴は……沙月が生まれてすぐの頃、ずっと入院が続いて、大変だったんです。

 俺はベーシストだったけど、正直何もできなくて。ただ傍にいることしか……

 でも真琴は、沙月の前では絶対に泣かなかった。『沙月が不安になっちゃうから』って、いつも笑顔で」

瑛太の声は静かで、でも確かだった。

「俺はすぐに決めたんです。沙月が最優先だって。

 外の仕事は最小限にして、家のこと全部引き受けて、真琴が音楽に集中できるように。

 沙月の笑顔が見られるなら、それが俺の音楽だって思えたから」

凛は黙って聞いていた。

真琴の苦労。

瑛太が選んだ道。

そして、目の前にいる沙月。

先天性心臓病を抱えながら、こんなにまっすぐに笑える子。

胸が、痛いほど締め付けられる。

でも同時に何か、温かいものが込み上げてきた。

沙月がふと凛の手を両手で包み込んだ。

「リンちゃんも、ずっと元気で歌っててね!

 私、リンちゃんのこと大好きだよ!」

その瞬間。凛の頭の中に、ぽっと一つの光が灯った。


君の笑顔が 私の太陽


凛の瞳が、静かに見開かれる。

瑛太が時計を見て立ち上がった。

「そろそろ打ち合わせに戻らないと。沙月、行こうか」

沙月は名残惜しそうに凛のコートを握っていたが、すぐに手を離して立ち上がる。

「リンちゃん、またね!」

「……うん。また絶対ね、沙月ちゃん」

瑛太が軽く頭を下げ、沙月が小さな手を振る。

二人が部屋を出て、ドアが静かに閉まった。

凛は再びデスクに向かった。

今度は、迷いなくペンを握る。

言葉が、次々と溢れ出す。


夜が明ける前に 目を閉じてた

暗闇の中でも 君の声が響く

……

君の笑顔が 私の太陽

それだけで すべてが輝き出す

……

Rise With The Sun


書き終えたとき、凛はノートを胸に抱いて、静かに微笑んだ。

瞳に涙が浮かんでいるのに、心はこれまでにないほど晴れやかだった。


沙月の笑顔と、瑛太の語った家族の物語が、凛の中に「太陽」を灯した日。

「Rise With The Sun」は、ここで生まれた。



挿絵(By みてみん)


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