セッション1 決意のオフ
ツアーファイナルから一夜明けた朝。
大阪・京セラドームの熱狂から解放された凛は、東京の自宅マンションに戻っていた。
凛の瞳は、澄んでいて、穏やかだった。
悠里からのメッセージが届いていた。
「凛ちゃん、
3日間、完全オフ。
スケジュールは一切なし。
電話もメールもオフにしといてね。
約束だよ」
凛は、スマホをサイレントモードにし、
電源を切った。
初めての、本当に「オフ」の時間。
7月21日 1日目 一人時間
朝9時。
凛は、ベッドからゆっくり起き上がった。
カーテンを開けると、
東京の空は、夏の青。
窓から入る風が、
髪を優しく揺らす。
「一人……か」
凛は、キッチンでコーヒーを淹れた。
豆を挽く音が、静かな部屋に響く。
カップを手に、ソファに座る。
「誰もいない」
胸が、少しだけ、ざわついた。
でも、それは、不安ではなかった。
ただ、静かすぎる部屋に、自分の息遣いが、大きく聞こえるだけ。
凛は、ノートを開いた。
ツアー中の歌詞メモが、ぎっしり詰まっている。
「みんなに、
抱きしめられてるから……」
凛は、ペンを握り、新しいページに、書き始めた。
「一人でいるのも、
悪くないかも」
午後2時。
凛は、近所の小さなカフェへ出かけた。
マスクとキャップで変装。
窓際の席に座り、アイスコーヒーを注文。
誰も気づかない。
誰も話しかけてこない。
凛は、窓の外を眺めながら、静かに微笑んだ。
「私、一人でも、大丈夫」
夕方6時。
自宅に戻り、風呂に入る。
湯船に浸かりながら、目を閉じる。
「ツアー中は、
毎日、
みんなの声が聞こえてた」
「今は、
自分の心臓の音だけ」
凛は、湯船の中で、小さく笑った。
「癒される……」
夜10時。
ベッドに横になり、
天井を見つめる。
凛は、目を閉じた。初めて、
「一人でいるのが、
心地いい」
と、思った。
7月22日 2日目 千里とお忍びランチ
午前11時。
凛は、近所の小さなカフェで、千里と待ち合わせいた。
千里は、キャップにマスクデニムにTシャツというラフな格好。
凛を見つけると手を振った。
「久しぶりのオフ!」
凛は、笑顔で手を振り返す。
「千里ちゃん、
来てくれて、
ありがとう」
二人は、窓際の席に座った。
千里が、メニューを見ながら、
言った。
「凛ちゃん、
ツアー中、
めっちゃ頑張ってたね」
凛は、
コーヒーを一口飲んで、
静かに言った。
「みんなが、いたから」
千里が笑う。
「オフの時間、どう?」
凛は、
窓の外を眺めながら、
言った。
「昨日、一人でずっと家にいた」
「最初は、
ちょっと寂しかったけど……
だんだん、
心地よくなって」
千里が、
目を丸くする。
「凛ちゃんが、
一人で大丈夫って、
言ってるの、
初めて聞いたかも」
凛は、
小さく笑った。
「私も、初めて思った」
二人は、
パスタとサラダを注文した。
食事をしながら凛が静かに言った。
「千里ちゃん、
いつも、
私を、
元気にしてくれるよね」
千里が、
照れくさそうに笑う。
「凛ちゃんが、
元気だから、
私も元気になれるんだよ」
凛は、
フォークを置いて、
千里の手を握った。
「ありがとう」
千里が、
握り返す。
「凛ちゃん、
これからも、
一緒に、
頑張ろうね」
凛は、
頷いた。
「うん」
ランチは静かで温かかった。
7月23日 3日目 真琴の自宅
午後2時。
凛は真琴の自宅マンションを訪れた。
真琴の家は都内の閑静な住宅街。
玄関を開けると、
10歳の女の子が立っていた。
沙月。
真琴の娘。
沙月は人見知りで凛を見ると少し後ずさった。
真琴が沙月の背中を優しく押す。
「沙月、凛ちゃんよ。
ママの大事な友達」
沙月は、
小さく頭を下げた。
「……こん、にちは」
凛は、沙月の目線に合わせてしゃがんだ。
「沙月ちゃん、
はじめまして。
凛だよ」
沙月は恥ずかしそうに頷く。
瑛太(真琴の夫・ミュージシャン)がキッチンから出てきた。
「凛さん、ようこそ」
瑛太は専業主夫。
穏やかで優しい笑顔。何度か顔を合わせている。
凛は瑛太に頭を下げた。
「瑛太さん、お邪魔します」
リビングに通されソファに座る。
沙月は真琴の膝に座り、凛をじっと見つめている。
凛は沙月に微笑んだ。
「沙月ちゃん、
可愛いね」
沙月は恥ずかしそうに顔を赤らめた。
瑛太が料理を運んでくる。
「今日は、
凛さんのために、
特別メニューだよ」
テーブルに並んだのは彩り豊かなサラダグリルチキン、パスタ、デザートのフルーツ。
凛は、目を輝かせた。
「わあ、
美味しそう」
食事をしながら、
瑛太が静かに言った。
「沙月は、
生まれつき心臓の病を抱えてるんだ」
凛は、フォークを止めた。
沙月は、普通の女の子に見える。
病気の影はほとんどない。
瑛太が続ける。
「今は、薬でコントロールできてる。
普通に学校にも行けてるよ」
沙月が、
小さく頷く。
「……うん」
凛は、沙月を見つめた。
沙月は、凛を見て恥ずかしそうに微笑んだ。
凛の胸が熱くなった。
「沙月ちゃん、
強いね」
沙月は恥ずかしそうに言った。
「……凛ちゃんの歌、
好き」
凛は目を潤ませた。
「ありがとう」
食事が終わり、
沙月が凛に近づいてきた。
「凛ちゃん、
歌、
聞きたい」
凛は沙月の手を取った。
「うん。
歌うよ」
リビングのピアノの前に座る。
凛は沙月を見つめて歌い始めた。
「揺れるままの恋
君に触れたくて たまらない……」
沙月は目を輝かせて聴いている。
歌が終わると沙月が凛に抱きついた。
「凛ちゃん、
大好き」
凛は沙月を抱きしめて涙をこぼした。
「……私も、
沙月ちゃん、
大好き」
真琴が微笑んだ。
「沙月、
凛ちゃんに、
曲作ってもらおうか」
沙月が、
目を輝かせて頷く。
凛は沙月を見て静かに言った。
「うん。
沙月ちゃんのために、
曲を作る」
瑛太が優しく言った。
「凛さん、
ありがとう」
凛は沙月の頭を撫でて微笑んだ。
「沙月ちゃん、
強くて、
可愛いね」
沙月は恥ずかしそうに笑った。
凛は沙月を抱きしめながら、
心の中で誓った。
「沙月ちゃんのために、
曲を作る。
沙月ちゃんが、
笑えるように」
一人時間は癒しだった。
オフは休息だった。
凛は、
一人で自分を抱きしめられることを、
少しずつ学んでいく。
そして沙月のために、
新しい曲が生まれる。




