セッション4 「夜に駆ける炎」
真夏の蒸し暑い夜倉賀野凛は、配信を始めて4か月。
視聴者数は、ついに20人前後を安定して超えるようになった。
コメント欄にも「今日も良かった」「泣いた」「明日も待ってる」といった温かい言葉が並ぶ。
でも、凛にとって一番大切な存在は、やっぱり最初からずっと居てくれる**@rainy_ear
**だった。
これまでの宿題は、すべて凛の宝物になっていた。
「海の歌」→ 会社帰りに見た夕焼けの海
「夏の夜の歌」→ 屋上で飲んだ缶チューハイと花火の音
「電車の窓に映る自分」→ 終電でうつらうつらしながら見た自分の顔
「朝焼けの色」→ 出勤前のベランダで見た空
どれも難しくて、でも楽しくて、毎回「できた！」と思った瞬間、自分の声が一段階伸びているのがわかった。
指も、コードも、歌詞の選び方も、すべてが少しずつ確実に上達している。
まるで誰かが、凛の成長を正確に測っているようなテーマの出し方だった。
「もしかして……音楽の先生とかかな？」
そんなことをぼんやり考えながら、凛はスマホを開いた。
配信終了直後。通知が鳴る。
@rainy_ear
「一週間の期間で、最高に燃える曲を作って聞かせてほしい」
凛はスマホを握りしめたまま、胸が熱くなった。
今までで一番難しい宿題。
でも、一番やりたい。「燃える曲……」窓の外は、夏の雲が低く垂れ込めている。
でも、凛の心の中だけは、すでに炎が灯っていた。
やってやる。
1日目
帰宅後すぐギターを抱える。
速すぎるテンポで弾いてみる。
燃えない。空回り。
「ダメだ……速さだけじゃ燃えない」
2日目
会社でプレゼン大失敗。
上司に「やり直し！」と突き返される。
悔しさと怒りが胸に渦巻く。
帰りの電車で、涙が止まらなかった。
でも、ふと気づく。
これだ。
悔しさをガソリンに変える。メモ帳に走り書き。
『悔しさをガソリンに変える』
『涙は燃料』
『失敗の灰も薪にする』
3日目
自室で夕陽を見ながらコード探し。
Am→F→G→E の繰り返しが決まる。
指が自然に動く。
このコード進行は、まるで走ってるみたいだ。
4日目
深夜3時。
歌詞が降りてきた。
一度書いたら、もう止まらなかった。
5～6日目
レコーディングと修正を繰り返す。
声が枯れるまで歌い、ギターの弦が切れるまで弾く。
7日目
土曜日 20:45
完成。タイトルは【夜に駆ける炎】
翌朝。
配信タイトル：【宿題提出】
最高に燃える曲視聴者：28人（過去最高）
コメントがざわめく。
凛は、白ワンピースに着替えてカメラの前に立つ。
いつものように顔は見えない角度。
背景には、小さく赤いキャンドルを5本灯してある。
炎がゆらゆらと揺れる。
「今日は……@rainy_earさんに出された、一番難しい宿題の答えです」
深呼吸。
「私にとって、初めての“本気”の曲かもしれません」
マイクに一歩近く。。
指が震える。
でも、それは恐怖じゃない。
興奮だ。
「タイトルは【夜に駆ける炎】」
ＰＣのキーボードを一度たたく。
そして、打ち込んだメロディーに合わせて炎が舞った。
【夜に駆ける炎】
作詞・作曲：倉賀野 凛
嵐の夜に 叫びが響く
雷鳴が心 切り裂く
君の瞳が 闇を焦がす
共に戦う 誓いの鼓動
涙は嵐に 飲み込まれる
過去の傷が 力を呼ぶ
どんな恐怖も 踏み越える
君の声が 道になる
夜を駆ける炎 魂の叫び
闇を突き抜け 光を掴む
運命の鎖を 焼き尽くして
君の未来を この手で守る
揺るがぬ意志で 嵐を超える
無限の空へ 想いを放て
最後のギターソロ、静かに炎が消えるように。
歌い終わった瞬間、コメント欄が炎文字で埋まった。
「やばい」「泣いた」「最高すぎる」「鳥肌」「これプロじゃん」「繰り返し確定」
そして、最後に@rainy_ear
「……完璧だ。」
凛は、涙が止まらなかった。
画面の向こうの28人が、すべて自分のために叫んでくれている気がした。
でも、一番嬉しかったのは、あの人の一言だった。
誰かに、こんなに求められたのは初めてだ。
私の歌が、誰かを燃やせた。配信終了後、凛はスマホを抱えたままベッドに倒れ込んだ。
「@rainy_earさん……本当に、ありがとう」
「もしかして……音楽の先生？ それとも……プロ？」
深い疑いはない。
ただ、純粋に嬉しかった。
星が一つ、燃えるように瞬いていた。
次はどんな宿題が来るんだろう。
私は、もっと燃えられる。
夢の中で、
炎が走り、
誰かが手を振っている。
その人の背中は、まるで嵐の前の海のようだった。
夜に駆ける炎
【https://drive.google.com/file/d/1wSdLdNZK9w3Y4ujrtHPRhSw9riyzygw5/view?usp=sharing】
