セッション1 かけがえのない時間
十二月の風は、まだ優しかった。
表参道の歩道を、凛と千里は肩を寄せ合って歩いていた。
黒のロングコートに白ブラウス、漆黒のロングスカート。
いつもの凛。
でも今日は、カラコンはない。
素の瞳で、素の表情で、風に髪をなびかせている。
「ねえ凛ちゃん、今日はほんとに素顔なんだね! めっちゃ新鮮!」
千里が横から覗き込む。凛はちょっと恥ずかしそうに笑った。
「……たまには、息抜きしたくて」
「えー! じゃあ今日はデートってことにしちゃおうか?」
千里が悪戯っぽく目を細める。
「だめ。千里ちゃんは妹みたいなもんだもん」
凛は即答して、千里の頭を軽くぽんぽん叩いた。
「ひどーい! 私、もう26だよ! 凛ちゃんより年上だよ!」
千里が大げさに膨れる。
「でも千里ちゃんはいつまでも子供みたいだから」
凛はくすくす笑いながら、千里の手を引いて路地へ入る。
古びたビルの三階、小さなセレクトショップ。
扉を開けると、スピーカーからBOØWYの『ONLY YOU』が小さく流れていた。
凛の足がぴたりと止まった。
白いコットンワンピースが一着、壁に掛けられている。
シンプルで、清楚で、でもどこか凛の空気に似ている。
「……千里ちゃん、これ」
凛が指差す。
「うわっ、めっちゃ可愛い! 凛ちゃんに絶対似合うやつ!」
千里が即座に反応して、店員さんを呼ぶ。
試着室のカーテンを閉めて、凛はゆっくりと服を脱いだ。
ブラウスを丁寧に畳み、スカートを畳む。
白いワンピースに袖を通すと、鏡に映った自分が、まるで別人だった。
カーテンを開けた瞬間。千里が
「きゃあああああ!!!」
と小声で叫んだ。「
やばい! やばいって! めっちゃ可愛い! 清楚の暴力じゃんこれ!」
千里が両手を頬に当てて、本気で悶えてる。
凛は顔を真っ赤にしながらも、鏡をちらりと見て。
「……ほんと?」
「ほんとほんと! 零さんに見せたら、玄関で固まって『凛……?』ってなるやつ!
絶対『外に出すな』って言われるやつ!」
千里が興奮してまくしたてる。
「ちょ、千里ちゃん……!」
凛は恥ずかしさのあまり、千里の口を手で塞いだ。
「だってさー! 想像してみてよ! 零さんがスタジオにきて、凛がこのワンピースで『おはようございます。』って言ったら、どうなると思う?」
千里が目をキラキラさせて続ける。
凛は俯いたまま、小さく呟いた。
「……黙って、ぎゅってされる」
「そうそう! それそれ! で、次の日からは『今日はコート着て』って言われるやつ!」
千里が爆笑する。
「千里ちゃんの想像力、怖い……」
凛もつられて笑いながら、レジへ向かった。袋を抱えて店を出ると、外はもう夕暮れだった。
二人はベンチに座って、クレープを半分こしながら話が止まらない。
夕陽が二人の影を長く伸ばす。
「ねえ、帰ったら絶対着てみてよ。写真撮って私に見せて!」
千里が立ち上がって言う。
凛は袋を胸に抱きしめて、小さく頷いた。
「……うん。約束」
二人は並んで歩き出す。
楽しそうな笑い声が、十二月の空に溶けていった。
ただの休日。
でも、女の子同士の、かけがえのない時間だった。




