セッション4 最後のZephyrプロジェクトメンバー
2026年8月25日 23:51
場所:Studio ZERO 最奥「黒のアトリエ」
登場人物:零(Rei / R.O) × 九条悠里(旧・Izumi担当スタイリスト)】
照明は一灯だけ。
壁に掛けられた無数の黒い布が、まるで夜の海のように揺れている。
裁縫台の上には、凛の2ndシングル用の衣装が、まだピンで仮止めされたまま横たわっている。
零は、ドアを細く開けて入ってきた。
いつもはレザージャケットを羽織ったままなのに、今夜は脱いで腕に抱えている。
白いシャツの袖口が、少し震えている。
零は小さく、敬語で、
「……お邪魔します」
九条悠里は、背を向けたまま針を動かしていた。
指先が止まる。
9年ぶりに聞く、その声だった。
悠里は振り返らず、
「……くるのが遅かったわね。」
零は、ゆっくりと近づき、悠里の背後、2メートル手前で立ち止まる。
零は頭を下げながら、
「九条悠里さん……
今夜は、正式にお願いに来ました」
悠里は針を置き、ゆっくりと振り返った。
左耳のルビーピアスが、灯りに小さく血の色を灯す。
は、悠里
「……なんで、もっと早くわたしに相談に来なかった?」
零の喉が鳴る。
「違います。いや、違わない。
でも今度は……イズミさんの時とは違う。
凛の、スタイリストとマネージャーを、
あなたに、お願いしたいんです」
悠里は無言で、裁縫台の凛のコートに視線を落とす。
裾の長さは、すでに10センチ引きずる寸法で折ってある。
悠里は指先で布を撫でながら、
「Izumiはね、デビュー前から全部見えてた。
5年後、10年後の自分を。
だから怖くなかった。
病気で死んじゃわなければ、今でも日本のトップだった。
私もわかるよ。凛ちゃんは違う」
悠里は初めて零を見た。
悠里、
「凛ちゃんは、今を必死に走ってるだけ。
未来の地図は、全部あなたに預けてる」
零の瞳が揺れる。
悠里は一歩近づいて、
「だから、怖い。
あなたがいつか、凛ちゃんから離れなきゃいけなくなる日が来る。
レーベルの都合で。
凛ちゃんが大きくなりすぎて、あなたの影が小さく見えるようになる日が。
織田テツローみたいに……
去らなきゃいけなくなる」
零の膝が、崩れそうになる。
零は掠れた声で、
「……分かってます」
悠里は、零の前まで歩み寄り、
ゆっくりとその肩に手を置いた。
「千里と真琴を、もっと凛ちゃんのそばに置いてあげて。
年の近いお姉さんとして。
音楽の先生として。
あなたが離れたとき、凛ちゃんが真っ暗にならないように」
零の目から、涙が一筋こぼれた。
悠里は静かに、
「そして、私がやる。
スタイリスト兼マネージャーとして。
でも、条件がある」
零は顔を上げる。
「私は、あなた以上に凛ちゃんを理解する。
あなたが去ったあとでも、凛ちゃんが壊れないように。
私が、凛ちゃんの“次の零”になる。
それが、私が生きる理由」
部屋に、長い長い沈黙が落ちる。
時計の針が、深夜0時を過ぎ、1時を回り、2時を回る。
零は、深く頭を下げた。
「……お願いします。
凛を」
悠里は、零の前に跪き、零の両手を自分の両手で包んだ。
悠里は涙を堪えながら、
「馬鹿ね。
一生なんて、短すぎるわ。
死んでも守る」
二人は、長いこと、ただ抱き合って泣いていた。
外では、夜が明け始めていた。
凛はまだ、控室のソファで眠っている。
夢の中で、零と悠里が、自分の両手を握ってくれているのを見ている。
これで、WIZARDは完全に家族になった。
零が去る日が来ても、凛は、もう二度と一人にはならない。




