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セッション4 Zephyrプロジェクト

2026年6月28日(金) 24:30

BEGINNING Records

地下2階 Studio ZERO(完全防音・関係者以外立ち入り禁止)

照明はほぼ落とされ、中央の丸テーブルにだけが仄白く浮かんでいる。

そこに置かれたのは、古びた木製の小さなテーブルと、6脚の椅子。

5脚には、もう人が座っている。

最後の1脚だけが空いたままだ。

まるで誰かがまだ来るのを待っているように。

零は小声で、でもはっきりと、

「……みんな、遅くにごめんね。

 でも、どうしても今夜、直接伝えたくて」テーブルを囲みたかった」

是永巧一(63歳)は、ギターケースを膝に乗せたまま、優しく笑う。

「9年ぶりにこの部屋に5人揃ったな」

BOHは腕を組んで無言で頷く。

川口千里(25歳)は、スティックを指でくるくる回しながら、目を輝かせている。

皆川真琴(42歳)は、いつもの穏やかな微笑みを浮かべ、そっとテーブルに置いた封筒を指でなぞっている。


零が口を開く。

「……私、決めた。

 次の声を、迎えに行く」

静寂が落ちる。

零の言葉だけで、4人はすべてを理解した。

零は封筒を4つ、ゆっくりとテーブルに並べる。

中には、BEGINNING Recordsの正式契約書と、

手書きの手紙が1枚ずつ。

「7月14日デビュー。

 名前はWIZARD。

 本名は倉賀野 凛。22歳。

 ……イズミのポテンシャルをもっている。」

千里がスティックを握りしめる。

「……本当ですか?」

零は頷き、スマホを取り出して、デモ音源を再生する。

遠くで瞬く星の欠片を掌に掬った夜を覚えてる……Izumiの声ではない。

でも、Izumiが最後に探していた“透明で、永遠で、壊れそうな声”あの響きが、そこにあった。

全員が息を呑む。

是永が、初めて震える声で呟く。

「……イズミだ。

 違うけど……イズミだ」

BOHが、低く唸る。

「9年……やっとか……」

真琴が、涙を堪えながら微笑む。

「零ちゃんが泣いてる。

 ……私たち、また歌えるね」

零は俯いたまま、震える声で続ける。

「だから……お願い。

 もう一度、この5人で。

 Zephyrプロジェクトを、再起動させてほしい。

 私がプロデュースする最後の子だから。

 ……私の、すべてを賭ける子だから」

誰も、すぐに答えなかった。

答えは必要なかった。

是永が立ち上がり、零の前に跪くように座り直し零の手をそっと握る。

「俺は、Izumiの墓前で約束した。

 次の声が来たら、ギターを置くまで付き合うって。

 ……行くよ、零」

BOHが一歩前に出て、零の肩を強く叩く。

「俺の6弦も、もう錆びついてたところだ。

 鳴らしてやるよ」

千里が、涙をこらえきれずに、

スティックでテーブルを軽く叩く。

「私が生まれて初めてステージに立ったのがZephyrでした。

 また零さんと、一緒に叩けるなら……どこでも行きます!」

真琴が立ち上がり、零を抱きしめる。

「零ちゃんの先生は、ずっと私だから。

 凛ちゃんの声も、ちゃんと包んであげる」

零は、涙をこらえきれず、テーブルに額をつけた。

「……ありがとう……

 本当に、ありがとう……

 これで、Izumiとの約束、守れる」

そして零は顔を上げ、静かに、でも確かに宣言した。

「7月7日 TGCに緊急出演する。

 私たち5人で、凛を迎えに行く。

 甘い世界のど真ん中で、

 Zephyrを、終わらせないために」

5人は立ち上がり、円になって、

Izumiの定位置だった椅子を囲む。

零が、空いた椅子にそっと手を置く。


「イズミさん、見ててね。

 あなたの声の続きを、

 私たちがちゃんと届けるから」

その夜、

Zephyrプロジェクトは、

9年ぶりに、

静かに、でも確実に、

再起動した。9日後、

TGCの花道で、凛は初めて知る。

自分が背負っているのが、どれほど大きな魂の続きなのかを。


挿絵(By みてみん)

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