セッション2 雨のリクエスト
新宿・ワンルーム6畳凛は、いつもの配信を終えたところだった。
机の上に置いたスマホ。
三脚に固定されたカメラ。
父の形見のアコギは、もうケースにしまってある。画面には、最後のコメントが一つだけ残っていた。
@rainy_ear
「雨がテーマの曲が聞きたい」
視聴者数:1
フォロワー:1
コメント数:1
凛は、黒髪ロングを指で梳きながら、スマホを見つめた。
ポニーテールは解け、肩まで流れている。
白ワンピの裾が、畳に擦れる。――唯一の視聴者。唯一のフォロワー。
でも、リクエスト。
「せっかくくれたリクエスト……応えたい」
雨を聴く窓を開ける。
東京の雨が、コンクリートを叩く。
ポツポツ → ザーザー
街灯に、雨粒が光る。凛は、ミニメモ帳を取り出した。
赤ペンで、雨の音を書き留める。屋根が泣いてるみたい
傘の骨がリズム
靴が重くなる
雫が線になる
雨って、こんなにいろんな音がするんだ。コードを探すギターケースを開ける。
アコギを抱え、ベッドに座る。
コード:Em → D → C → G
指が、ゆっくりと弦を押さえる。
雨の曲って、どんな気持ち?目を閉じる。
群馬の雨を思い出す。
父の葬式の日。
祖母と二人で、黒い傘をさした日。
「雨のあとには、虹が出るよ」
祖母の声が、耳に残る。
歌詞が生まれる凛は、カセットレコーダーの横にメモ帳を置いた。
赤ペンが、走る。
【雨の旋律】
作詞・作曲:倉賀野 凛
【屋根を叩く雨 泣いてるみたい
傘の骨が鳴る 孤独のリズム
濡れた靴が重く 歩幅が縮む
でも声は 雨を越えてく
窓に雫の線 街を縫う
誰かが 私を呼んでる
雨の旋律
黒髪濡らして 私は歌う
傘の下でも 心は晴れてる
唯一の君に この声届く
群馬の雨の日 父さんを送った
祖母と二人 傘をさして
「雨のあとには 虹が出るよ」
あの言葉 まだ胸に残る
雨がやむまで 歌い続ける
君が聴いてる それだけで
雨の旋律
明日も雨でも 歌は自由
スーツを脱いだら 白ワンピの私
この声が いつか 君に届く 】
デモ録音RECボタンを押す。
窓は開けたまま。
雨音が、マイクに入る。
声が、震える。
「屋根を叩く雨……泣いてるみたい……」
録音終了。
再生。
雨と声が重なる。
ミキシング。
雫の音が、コードに溶ける。――
これ、@rainy_earさんに、明日。
メッセージ返信
凛は、スマホを手に取った。
指が、ゆっくりと動く。
@rainy_ear
さんへ
「リクエスト、ありがとう。
明日、雨の曲を歌います。
観ててね。」
送信。
既読はつかない。
でも、誰かが聴いてくれる。
ギターを抱えたまま、布団に横たわる。
雨音が、子守唄のように響く。
夢の中で、
雨が止み、
虹が出る。
誰かが、傘をさして立っている。
雨の旋律
【https://drive.google.com/file/d/1BxNw2cXMevrT0cpPOLwBvk4G39UPysXZ/view?usp=drivesdk】




