セッション1 優しい夜の始まり
東京ドーム・関係者通路
控室近くのソファーコーナーまだ歓声の余韻が壁にこびりついている。
照明は半分だけ落ちていて、床に落ちた銀テープが小さな星みたいに光っていた。
凛はTシャツに着替えソファーに座り、膝の上で両手をぎゅっと握りしめていた。
メイクはまだ残ってる。
でも、頬は少し冷えてる。
そこへ、織田零が缶コーヒーを二本持ってやってきた。
「ほら、甘いの」
「ありがとう……零さん」
零は隣にどさっと座って、自分の缶をプシュッと開ける。
しばらく二人で、遠くの歓声が引いていくのを聞いてた。
零がぽつり。
「……すごい夜だったね」
「はい……夢みたいで、まだふわふわしてる」
「でも、涙は出なかったね」
凛が小さく笑うと、零もふっと笑った。
そのとき、廊下の奥から軽い足音。
神崎龍一が、ネクタイをゆるゆるにしたまま現れた。
「あ、いたいた。まだ帰ってなかったんだ」
「神崎さん、お疲れさまです」
「お疲れ、凛ちゃん。……零も」
神崎は自然に反対側のソファーに腰を下ろし、スマホをいじりながら言った。
「実はさ、さっきTBSのカウントダウンTVのプロデューサーに連絡したんだ。
7月14日の生放送、デビュー枠をまるっと空けてくれるって。
20時台のトップバッターで、WIZARDの初お披露目って形でいいかな?」
凛がぱちくり目を丸くする。
「え……カウントダウンTVで……?」
「うん。全国ネット配信もあるから世界でも見られるし、何より日本で一番最初に名前が出る場所だからさ」
零が缶コーヒーを置きながら、優しく笑った。
「いいじゃん。
私たちも昔、そこでデビューしたもんね、神崎さん」
「したした。あのとき零は髪真っ赤にしてたなぁ」
三人で小さく笑った。凛は少し照れながら、でもしっかり顔を上げた。
「私……その日、ちゃんと笑顔で歌えますように」
「大丈夫。今日の凛なら絶対できる」
「そうだよ。俺たちも横で見てるから」
神崎がスマホの画面を凛に向けて、仮のタイムテーブルを見せる。
【2026年7月14日(火)
『CDTVライブ!ライブ!夏の4時間スペシャル』
20:00 オープニング
20:03 WIZARD テレビ初登場&デビュー曲テレビ初披露
(曲名は当日までシークレット)】
「ここに名前が入るんだね」
「うん。『WIZARD』って大きく出るよ」
「……嬉しい」
凛がぽろっと小さな涙を零した。零が慌ててハンカチを差し出す。
「あれ? 約束じゃなかったの?」
「ごめんなさい……嬉しい涙だから、いいですよね?」
「……いいよ。今日は特別」
神崎が立ち上がって、二人を見下ろしながら優しく言った。
「じゃあ、正式決定ね。
2026年7月14日、CDTVでデビュー。
これから忙しくなる、でも確実に準備しよう」
凛は涙を拭いて、ふっと笑った。
「はい。
みんなに、優しい歌を届けたい」
零が凛の頭を軽く撫でた。
「届くよ。
今日の5万5千人が証明してくれたじゃん」
控室の小さな明かりの下で、
三人は静かに握手を交わした。
外では、まだ星が降り続いていた。
でも、もう怖くない。7月14日、優しい声が日本中に届く日。
WIZARDは、ゆっくりと羽を広げ始めた。




