セッション7 リハーサル
本番当日 午後1時30分1
DZリハーサル 客席28ゲート上段空席のドームは、逆に異様に広く感じる。
天井が遠すぎて、声が全部吸い込まれていく。
ステージではDZが本番さながらのリハーサル中。
轟音。
照明が爆発する。
レーザーが縦横に走る。
5万5千人分のPAが、容赦なく鳴り響く。
リンと零は並んで座り、
客席の最上段から見下ろしている。
リンはずっと無言。
両手が膝の上で固く握られている。
零が小声で囁く。
「……すごいよね」
リンは小さく頷くだけ。
声が出ない。
DZの稲葉がマイクを握り、一言も歌わずに叫ぶだけで、ドーム全体が震える。
その迫力に、リンの肩が小さく震えた。
零はそっとリンの手を握る。
「大丈夫、私たちも、ここに立つんだから」
リンは零の手を握り返し、震える息を吐いた。
午後2時48分DZのリハーサルが終わり、ステージが一瞬だけ静寂に包まれる。
スタッフに促され、WIZARD一行がステージへ。
リンが初めて、東京ドームのステージに立つ。
床が広い。
天井が高い。
客席が、果てしなく続く。
足が震えた。膝が、はっきりと震えている。
零が後ろからそっと肩に手を置く。
「ゆっくりでいい、深呼吸して」
リンは一度大きく息を吸い、ゆっくり吐く。
そのとき
「よお、リンちゃん!」
明るい声。振り返ると、
稲葉浩志がニコニコしながら歩いてくる。
Tシャツにジーンズ、完全にリラックスした格好。
リンは一瞬固まり慌てて頭を下げる。
「い、稲葉さん! はじめまして! リンです! 今日は、本当にありがとうございます……!」
稲葉は笑って手を振る。
「いいっていいって、零から話は聞いてるよ。
楽しみにしてるから」
隣にいたTAKUが肩を叩く。二人が笑い合う。
リンはまだ緊張でガチガチ。
稲葉がリンの前にしゃがみ、目線を合わせて微笑んだ。
「緊張してる?」
「……はい。すごく」
「俺も初めてここ立ったとき、吐きそうだったよ、
でもね、客が入ったら不思議と平気になる。
今日は楽しんでいってな。」
リンは目を丸くして、小さく頷いた。
「……ありがとうございます」
稲葉が立ち上がり、零と軽く拳を合わせる。
「じゃあ、頼んだよ、零。」
「任せて」
稲葉が去っていく。
WIZARDリハーサル。
一曲だけステージ中央。
照明が落ちる。
星のスポットだけが二人を照らす。零がアコギを肩に。
TAKUがエレキ。
バックバンドがスタンバイ。
PA席から声。
「WIZARD、Stellar Light一本だけ。本番と同じ音量でいきます」
リンがマイクを握る。
足、まだ少し震えている。
零が後ろから小声で。
「まっすぐ前見て、私はここにいる」
リンは一度だけ頷き、客席の闇を見据える。
イントロ。ピアノが静かに鳴り始める。
降る度君を思い出す……
リンの声が、震えながらも、確かに響き始める。
サビ。TAKUのギターが絡み、アウトロへ。
音がドームの天井を突き抜け、戻ってくる。
最後の一音が消えた。
5秒の静寂。PA席から声。
「OK! 完璧です! 本番そのままいけます!」
照明が上がる。
リンはマイクを握ったまま、
ゆっくりと客席を見渡した。
足の震えは、もう止まっていた。
零が後ろから近づき、耳元で囁く。
「……どう?」
リンは振り返らず、
小さく、でもはっきりと答えた。
「もう、大丈夫です」
TAKUがニヤリと笑う。
「さすがだ、リンちゃん」
リンは初めて、東京ドームのステージの上で、小さく微笑んだ。本番まで、あと4時間。
WIZARDは、完全に準備が整った。




