セッション6 凛の意志
14日目スタジオ。
午後2時00分。
空気は張り詰めている。
零は腕を組み、壁に寄りかかったままただ一言。
「最初から」
リンは無言で頷き、マイクの前に立つ。
Stellar Light TRUE FINAL。
装飾はほぼ削ぎ落とされた生々しいまでのシンプルなアレンジ。
再生ボタン。
ピアノが鳴る。リンが歌い始める。
イントロ、完璧。
Aメロ、少し硬い。
Bメロ、息が浅い。サビに入った瞬間。
零が手を上げる。
「ストップ」音が止まる。
「Bメロの最後、息が死んでる」
「もう一度」
リンは瞬き一つせず、すぐに構える。
再生。
同じ箇所で、また止まる。
「まだ死んでる」
「感情じゃなくて、息だ」
「息が死んだら全部死ぬ」
リンが唇を噛む。
「はい」
3回目。
少し良くなる。零は首を振る。
「違う」
「良くなったんじゃない」
「まだ足りないだけ」
リンは一度深呼吸して、
目を閉じる。
4回目。
今度は、息が通った。
零は無言で頷く。
そのままサビへ。
リンの声が、本当に星を掴むように伸びる。
曲が終わる。
零は、初めて口角を上げた。
「よし、これで、ようやくスタートライン」
リンは肩で息をしながら、汗で前髪が張りついている。
でも、目はもう揺れていない。
零が一歩前に出る。
「明日から、本番と同じ音量でやる、ドームのPAを再現したスピーカーで、耳が痛くなるくらいの音量で。それで歌えなかったら、意味ないから」
リンが、まっすぐ零を見る。
「……わかりました」
零は冷たく、でも確かに言う。
「甘えはもう許さない。
泣いても、声が裏返っても、止まらない。
止まったら、その時点で終わり」
リンは一度だけ、小さく息を吐く。
そして、はっきりとした声で。
「止めません」
零は、初めて、本当に笑った。
「いい目になった、14日前は、まだ子どもだったのに」
リンは汗を拭いマイクを握り直す。
「もう一回、お願いします」
零は無言で再生ボタンを押す。
今度は、最初から最後まで、一度も止めなかった。曲が終わった瞬間、スタジオの空気が、明らかに変わっていた。
零は静かに呟く。
「……強くなったね、リン」
リンはマイクを下ろし零をまっすぐ見て、小さく、でも確かに微笑んだ。
「零さんが、強くしてくれたからです」
零は首を振る。
「違う。
私はただ、邪魔なものを削っただけ。
本当の強さは、最初からリンの中にあった」
リンは、初めて、自分から一歩前に出た。
「明日も、来ます。何時にしましょうか?」
零は、少し驚いた顔をして、それから、優しく答えた。
「朝8時でいい、遅刻したら、罰として100回通しだからね」
リンはもう泣き顔ではなく、
闘う顔で頷いた。
「遅刻しません」
14日前の、
泣きじゃくるだけの少女はもうここにはいなかった。
代わりに東京ドームを真正面から見据える、WIZARDのボーカルが、確かに立っていた。
零は心の中で呟いた。
(これで、いい)
厳しいレッスンは、凜が強くなるための最後の儀式だった。




