セッション1 凛の日常
東京は桜が散り始めていた。倉賀野凛は、スーツの胸ポケットに小さなメモ帳を忍ばせ、広告代理店「アド・ライト」の入社式に立っていた。
黒髪ロングをポニーテールにまとめ、白いブラウスに紺のスカート。清楚という言葉がぴったりの18歳。
でも、誰も知らない。彼女が毎晩、ライブハウスでギターを抱えていること。「社会人とは、時間と信頼を売る仕事だ」
社長の声が体育館に響く。
凛は、反射的にメモ帳を取り出し、赤ペンで走り書きした。
『時間と信頼を売る』――これ、歌詞に使える。入社式が終わると、新入社員は部署ごとに分かれた。
凛は営業部。配属先は「企画2課」。
机には、すでに山積みの資料。
先輩の佐藤さん(28歳、眼鏡)が声をかける。「倉賀野さん、よろしくね。まずはこれ、コピー100枚。両面で、ホッチキスは左上」凛は頷き、コピー機の前に立つ。
ガシャン、ガシャン
紙が詰まる。
30分格闘。
汗が額に浮かぶ。――紙は裏切る。でも、声は裏切らない。またメモ。
『紙は裏切る、でも声は裏切らない』昼休み。
凛は屋上に上がる。
弁当箱を開け、隣にボイスレコーダーを置く。
鼻歌で「影の街角」のフレーズを録音。
風が黒髪をなびかせる。「倉賀野さん、歌うまいね」
同じ新入社員の美咲が声をかける。
凛は、慌ててレコーダーを隠す。「…あの、秘密です」美咲は笑う。
「内緒にするよ。でも、なんかプロっぽい」――秘密の昼休み、12時15分の旋律。メモ。
『秘密の昼休み、12時15分の旋律』
深夜0:42
ワンルーム。
凛、床に座り込む。
白ワンピ。
メモ帳12枚を広げる。即興セッション(独り)
コード:Am → F → C → G
テーマ:「雑音の中の、希望」
雑音の中の希望
【https://drive.google.com/file/d/1bvLTe6PEPtP3Pgz9J1TGni6AJcNEb-9B/view?usp=drivesdk




