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セッション2 WIZARD(ウィザード)

スタジオの防音扉が閉まる音が、ひどく重く響いた。リンはその場に崩れ落ちた。

「無理です……零さん……私、一人じゃ……東京ドームなんて……」

声が震え、涙が止まらない。

肩が小さく波打ち、両手で顔を覆って子どもみたいに泣きじゃくる。


挿絵(By みてみん)


零は一瞬、息を止めた。

胸の奥で、何かがぎゅっと締めつけられる。

(5万5千人……

失敗したら、この子は一生立ち直れないかもしれない

でも私が決めたことだ

私が背負う)

しかしけっして、顔には決して出さない。

零はゆっくりと膝をつき、リンの前にしゃがんだ。まるで小さな子どもを包むように、優しく両手を広げた。

「リン、大丈夫よ」

声は低く、ゆったりと、まるでお母さんが子守唄を歌うような響きで。

「怖いよね。すごく怖いよね。おいで」

リンは顔を上げ、涙でぐしゃぐしゃの目で零を見つめた。

「零さん……私……」

「うん、わかってる。全部わかってるから」

零はそっとリンの肩に手を置いた。

温かく、包み込むような手つきで。

「泣いていいよ。いっぱい泣いていい。ここには私しかいないから」

リンは零の胸に飛び込むようにして、また泣き始めた。

零はただ、静かに背中を撫で続けた。

ゆっくりと、円を描くように。

まるで小さな子どもをあやす母親のように。

挿絵(By みてみん)

「零さん……私、ダメです……一人でステージなんて……」

「うん、怖いよね。でもね、リン」

零は少し体を離して、リンの涙を親指でそっと拭った。

「あなたは一人じゃないよ。私がいる。TAKUさんがいる。スタッフがいる。みんながいる」

「でも……でも私、歌えないかもしれない……」

「歌えるよ」

零は優しく微笑んだ。

「だって、リンの歌は本当に綺麗だから。

私、いつも聴いてて思うもん。

『ああ、この子は特別だな』って」

リンは鼻をすすりながら、零を見上げた。

「……本当ですか?」

「本当だよ」

零はリンの髪を、指で丁寧に梳いた。

「ねえ、少し落ち着いた? 

そろそろアーティストネーム、決めようか」

リンが小さく頷く。

「本名じゃ嫌だよね。私も最初は嫌だったもん」

零は床に座り、リンの隣にゆったりと腰を下ろした。

「RINはどう?」

「……すぐバレそうです」

「じゃあLynn?」

「ちょっと違うかも……」

「Lunaは?」

「可愛いけど、多いですよね……」

何度も何度も名前を挙げては笑い、潰してはまた考える。

零はいつも、リンのペースに合わせて、ゆっくりと。

「ねえ、『WIZARD』ってどう?」

リンが瞬きした。

「……ウィザード?」

「うん。魔法使い。リンが歌うと、本当に魔法みたいにみんなの心が動くから」

リンは少し考えて、恥ずかしそうに微笑んだ。

「……いいかもしれません」

「実はね、これ、プロジェクトネームにするつもりなの」

零は優しく説明した。

「Zephyrのイズミさんみたいに。最初はバンドだったけど、実質イズミさんのソロプロジェクトになった。

でも『Zephyr』っていう名前はずっと残ってた。

作詞はイズミさん、作曲は織田タツローさんや町支さん、アレンジは明石さんや葉山さん……いろんな人が関わって、一つの大きな世界観になったの」



挿絵(By みてみん)



零はリンの目を見て、穏やかに続け、

「私たちもそうしよう。『WIZARD』はリンの魔法の世界。

歌うのはもちろんリンだけど、作曲は私がメインでやるし、アレンジはTAKUさんや他の人も手伝う。

バックバンドもその都度変わるかもしれない。

でも全部、『WIZARD』っていう一つの魔法で包むの」

リンは少しずつ顔を上げた。

「……私、一人じゃないんですね」

「当たり前でしょ」

零は優しく微笑んだ。

「怖くなったら、私を見てて。あなたの横でギターを弾きながら、ずっと見てるから」

その時、スマホが震えた。

TAKUから届いた音源。零はスピーカーに繋ぎ、再生した。

静かなピアノが流れ出しリンが息を呑んだ。

「これ……」

零も、胸が熱くなった。

圧倒的だった。

東京ドームを真正面から受け止められる、輝きがあった。

再生が終わり、静寂。リンが震える声で言った。

「零さん……私、これ歌えますか?」

零はリンの肩にそっと手を置いた。

「歌えるよ」

温かく、確かな声で。

「だって、これはリンの歌だもの。稲葉さんとTAKUさんが、リンのために作ったんだから」

リンは涙を拭って、力強く頷いた。

「Stellar Light……この高い山...必死に登ります」

「うん。一緒に登ろうね」

零は微笑みながら、心の中で呟いた。

(私が全部背負う

この子を、絶対に傷つけない

私が壊れてもいい

だから、どうか……)

「リン」

零は優しく、リンの頭を撫でた。

「今日はもう疲れたよね。なんか美味しいもの食べに行こ。

なんでも好きなもの食べて。

こう見えてお金持ちなのよ、わたし。」

零の明るい言葉に、

リンは小さく頷いた。

「……はい。零さん」

零は立ち上がり、リンの手をそっと引いた。

まるで大切な娘を連れて帰る母親のように。

WIZARDの魔法は、まだ誰にも見せない、零の静かな覚悟とともに、確かに、始まろうとしていた。



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