セッション1 始まりの音が鳴る夜
2026年3月15日 深夜0時47分
TAKUプライベートスタジオ(六本木ヒルズ最上階・完全防音)壁一面が吸音材、床は無垢材。
中央に1962年のレスポール・バーストと、TAKUが30年間愛用してきたマーシャルスタック。
TAKUと稲葉晃司(Dzボーカル)は、
ソファに深く腰掛け、巨大なスピーカーから流れる音源を黙って聴いていた。
再生されていたのは、凛がまだ無名だった頃に上げた「雪が溶ける前に、ぎゅっと抱きしめて」の宅録バージョン。
零が送ってきた音源だった。
最後のサビが終わると、部屋に静寂が落ちた。
稲葉晃司が、ゆっくりと口を開いた。
「……あの零が熱を上げるのが、わかる」
目を閉じたまま、ぽつりと続ける。
「声の奥に、痛みと光が同居してる。
昔のイズミ(Zephyrの故人ボーカル)に、何となくだけど……感じが似てる」
TAKUはレスポールを膝の上に置き、
ニヤリと笑った。
「零がバンド解散して、初めてトップミュージシャンに楽曲提供したのが、Zephyrだったからな。
イズミのお気に入りで、専属のギタリストだった。
まだ若かった零がイズミの死を受け入れるのには時間がかかった。
だがこうして再び自分の夢を託せるミュージシャンが現れた。
しかもあの頃の零じゃない。
ヒットメーカーとして何人のアーティストを産み出した天才プロデューサーだ。
晃司、なんかインスピレーション感じないか?」
稲葉は目を開け、
静かに頷いた。
「いい声だ。
ラブソング一択だな」
TAKUは立ち上がり、
アンプのスイッチを入れた。低く、深い真空管の唸りが部屋を満たす。
「よし、じゃあ始めよう」
TAKUはギターを肩にかけ、
最初のコードを軽く鳴らした。Gadd9 → Em7 → Bm7 → Cmaj7
ゆったりとした、でも胸を抉るようなアルペジオ。稲葉はマイクスタンドの前に立ち、
何も見ずに、即興で言葉を紡ぎ始めた。
TAKUのギターが、稲葉の声に絡みつく。
「サビは、ドームで5万5000人が一緒に歌えるようにしたい」
「わかる。シンプルで、でも胸が裂けるやつ」
2時間後、仮タイトルは決まった。
『Stellar Light』
稲葉が最後のフレーズを歌い終える。
「君という星は消えないから……」
TAKUはギターを下ろし、満足そうに息を吐いた。
「これだ。
零が育てた子に、Dzが贈る最初で最後のラブソング」
稲葉が微笑む。
「零に伝えてくれ。
俺たちが、命かけてお前とリンとイズミのために作たって」
TAKUはスマホを取り出し、零にメッセージを打った。
【TAKU → 零】
「曲、できた。
タイトルは『Stellar Light』
4月29日、東京ドームで、
リンが初めて自分の名前で歌う曲だ
アレンジは零が自由にしてくれ。」
送信完了
3時11分六本木の夜空に、新しい星が一つ、静かに灯った。




