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セッション3  DAN DAN心惹かれてく

2026年1月12日 午後6時47分

碑文谷公園 奥のベンチ雪はすっかり止んでいた。

地面に残った薄い雪が、街灯の光を受けて鈍く光っている。

凛はベンチの端に座り、両手で紙コップのホットコーヒーをぎゅっと握りしめていた。


挿絵(By みてみん)



息が白く、指先が冷たい。零は、静かに近づいてきた。

「……リン?」

凛はびくりと肩を震わせて振り返る。

大人の女性。凛が、想像していたロックな感じはしない。


挿絵(By みてみん)



だが間違いなく、あのDMの向こうにいた人だった。

「織田さん……ですよね?」

「うん。遅くなってごめんね。電車がちょっと遅れてて」

零は自然に隣に座り、

自分の紙コップを手に持ったまま微笑んだ。

「寒いね。……手、大丈夫?」

「は、はい……ありがとうございます」

少しの沈黙。

零が先に、柔らかく切り出す。

「緊張してる?」

「……はい。すごく」

「私もだよ。変だよね、いろんかアーティストにもあってきたのに。」

凛は小さく笑った。

それで、少しだけ肩の力が抜けた。

「コーヒー、好き?」

「はい。ブラックで飲むことが多いです」

「一緒だ。甘いのは苦手なんだ」

軽い世間話が続く。

最近の雪のこと。

通勤電車の混み具合。

凛が会社で使ってるExcelのショートカット。

零はちゃんと聞いて、

「へえ、そうなんだ」

と相槌を打ち、

時々笑う。やがて、零が静かに聞いた。

「ねえ、凛。

……どうして歌い始めたの?

 ずっと、聞きたかったんだ」

凛は一度、コーヒーを飲んでから、

ゆっくりと話し始めた。

「高校のとき、父が亡くなりました。

 交通事故で、急に。 父は昔から音楽が大好きで、

 私が小さい頃によく歌ってくれたんです。

 最後に病室で、『凛は絶対歌える』って言われて……

それが最後の言葉でした。 

でも、私は怖くて。

 音楽の道に進むのが。

 失敗したら、父の言葉を裏切る気がして。

 だから普通に大学行って、普通に就職して……

 普通の会社員になろうって決めたんです。 

でも、夜になると、どうしても歌いたくなって。

 誰にも言わずに、録って、上げて……

 そしたら、織田さんが見つけてくれて」

零は黙って聞いていた。

目が、少し赤い。

「ありがとう。話してくれて」

少し間を置いて、零がぽつりと言った。

「私もね、昔、大切な人を失ってる。

 一緒にバンドやってたボーカルが事故で……

 それから表には立てなくなっちゃって。 

でも凛の『夜に駆ける炎』を聴いたとき、

 初めて、あのときの自分が許せた気がした」

凛は驚いたように零を見た。

「だから、これはスカウトじゃなくて……

 お願いなんだ。

 一緒に歌ってほしい。

 凛の声と、私の音で、新しい始まりを作りたい」凛は唇を噛んだ。

涙がこぼれそうになる。 

「……私なんかで、いいんですか?」

「凛は、もう十分すぎるくらいすごいよ」

零は真っ直ぐ凛を見て、

静かに続けた。

「会社は辞めなくていい。

 顔も最初は出さなくていい。

 名前も、二人で決めよう。

 私が全部守る。約束する」 

凛は息を吸って、

震える声で答えた。

「……信じても、いいですか?」

「もちろん。私はもう、凛の声に人生賭けてる」

凛は涙をこらえながら、

小さく、でもはっきりと頷いた。

「わかりました。

 私、やります。

 織田さんと、一緒に歌いたいです」

零は優しく微笑んで、

そっと右手を差し出した。

「ありがとう、凛。

 これから、よろしくね」

凛は両手でその手を包むように握った。温かかった。雪が、また静かに降り始めた。

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