第9話
台風がきたら崩れそうな木造二階建てのボロ宿に入ってみれば、目の前にカウンターがあり、40代くらいの屈強なオッサンが座っていた。
勝手なイメージでは1階は食事のスペースだったけど、このボロ宿において食事の提供などはないらしい。
「おお、嬢ちゃん達、今日も宿泊か?」
トリス達にかけた声は思っていたより好意的で、ちょっと安心した。
「そうにゃ。仲間が一人増えたにゃ。」
「おぉ、よかったじゃねぇか。同じ部屋でいいなら料金は据え置きの銀貨4枚でいいぜ。」
「助かるのじゃ。」
「ありがとうございます。」
何泊目なのか知らないけど、結構オッサンとはうまく関係を築いているみたいだな。
「なんとか4枚あったのにゃ!」
財布の中身をゴゾゴゾしていたニーナが嬉しそうに銀貨をカウンターに置いた。
今、『なんとか』って言ったよね?もう本当に貯蓄がないんだな…。
どうしようもなくてダンジョンに踏み込んだのはよくわかった。
それでも、安全なアルバイトみたいなものもあっただろうに。無茶をしたなぁ。
僕たちがニーナを先頭に部屋の並ぶ通路へ向けて歩き始めたとき、
「あんまり無茶するんじゃねぇぞ。」とオッサンに声をかけられた。
たぶん、メルディの惨状を見て、何が起きたか把握したのだろう。
宿を見たときは不安になったけど、オッサンは信用できそうだ。
いつも泊まっているという部屋に入ると、粗末なベットが2台とランタンの置かれた木製の台以外は何もない小部屋だった。
シーツも薄汚れているし、女の子達が泊まっている宿とは到底思えなかった。
「3人で泊まっているのにベッドは2台なの?」
「私とニーナで1台を使用しているんです。」
「トリスは寝相も悪いし馬鹿力だから一緒に寝るのは危険なのにゃ。」
「むむ、そのような理由だったのか!?ショックなのじゃ…。」
「今日からユウと一緒だから寂しくないにゃ。」
「そうじゃな。2人で寝た方が温かくていいのじゃ。」
なんか勝手に話が進んでいるけど、狭いベッドにトリスと一緒に寝るの!?
いいのか、それ?
今は女子だからいいのだろうけど、犯罪臭を感じてしまう…。緊張で眠れないのでは…。
あまりのことに、馬鹿力で寝相が悪いことは完全に霞んでしまった。
とりあえず、夜のことを想像しないように心を無にしたあと、パーティーの親睦を深めようと思った。
「みんな若そうだけど、どうして冒険者になろうと思ったの?言いにくいことなら話さなくてもいいけど。」
「我はドワーフの村を出たかったのじゃ。折角、戦うのに適したスキルや適性をもって生まれたというのに、女という理由だけで可能性を潰されるのが嫌だったのじゃ。」
トリスが少しプリプリと怒りながら理由を説明してくれた。
「ドワーフは男社会ですからね…。」
「そうなのじゃ!結婚相手も親に勝手に決められるし、戦も鍛冶も男の仕事といって関わらせてくれないのじゃ。」
男尊女卑みたいな社会なのかな?
才能をもって生まれたからには自分を試してみたいという考えは賛成だし、わかりやすくてトリスらしいと思った。
「髭オヤジより、白馬の王子様がいいと言ってたにゃ。」
「余計なことを言うでないのじゃ!」
トリスが掴みかかろうとするのをニーナがヒョイヒョイ避けている。
この2人はいいコンビだな。じゃれ合っているのをみるとホッコリする。
「アチシは子供の頃から冒険者になるって決めてたにゃ。一攫千金でお金持ちになって、世界中の美味しい魚を食べるにゃ!」
世界中の魚を食べるって目標、なんかいいな。
実にシンプルで可愛い野望じゃないか。
「一攫千金どころか大きな借金を抱えたのじゃ。」
「ユウも仲間になったし、すぐに返すのにゃ。」
1000万円もの借金を苦にもしない明るさがニーナの魅力だな。
「私は家出してきたのですけど…。」
メルディが言い淀んでいる。何か複雑な家庭環境なのかと思っていると、ニーナがペラペラと説明してくれた。
「メルディの父親は駄目オヤジなのにゃ。酒に溺れて働かないクズなのにゃ。メルディがアチシの村のある森で集めた薬草を売って食わせてやってたのに、稼ぎが少ないとメルディに暴力を振るうにゃ。」
辛い記憶を思い出したのか、メルディの目が潤んでいく。
それにしても、そんな非道い親がいるのか?
いや、いるよな。前世でもとんでもない虐待のニュースとかよく耳にしたもんな。
たぶん僕と同じ父子家庭なんだろうけど、その環境は僕とは比べようもなく最悪だ。
「金持ちの商人に売り飛ばされそうになってアチシの村に逃げてきたから、一緒に冒険者になろうって誘ったのにゃ。」
親に売り飛ばされるって…考えると怒りが込み上げてきた。
「人身売買って合法なの?」
「表向きは違法なのじゃ…。」
「建前は第五婦人として迎え入れるということになっていましたけど…。」
その言葉に、日本に育ったから僕は平和ボケしているのだと理解した。
世界では不本意な結婚を強いられる可哀想な女性もいることをニュースでは聞いていたじゃないか。
実感がなかったから聞き流していた前世の自分を恥ずかしく感じた。
「ユウさんは、どうして冒険者になろうと思ったんですか?」
「お金持ちなのに変にゃ。」
「気になるのじゃ。」
期待を込めた目で3人に見られて、動揺してしまう。
でも、この子たちには前世のときのような、女性に対しての恐怖心は感じない。
そう思うと、じわりと喜びが心に広がった。
「面白い理由はないよ。ただ、信頼できる仲間とダンジョンに潜って、お宝を手に入れて、そういうドキドキして新鮮な日々を送ってみたいんだ。」
メルディの後だと、申し訳なくなってしまうような理由だけど、僕の紛れもない夢なのだ。
中学の頃、毎日繰り返すハクスラは僕の全てだった。
でも、本当は一人で遊ぶことの虚しさには気付いていたんだ。
だから、こうして本当の仲間とダンジョンに挑むことができることが嬉しすぎるのだ。
「アチシと対して変わらないのにゃ。」
「つまらないのじゃ。」
「いいですね。私もユウさんと一緒なら前向きに生きていけそうです。」
メルディの肯定の言葉が、僕の背中を押してくれるように感じた。




