第49話
できれば長期戦は避けたいけど、あの巨躯を考えれば、それ相応にはタフなのだろう。
そうであれば、初手にアシッドレインが最適解だと思う。全身を濡らす酸は継続的なダメージ源になるのだから。
アラクネは人間部分の顔を苦痛に歪ませつつも、完全に僕らをロックオンしている。蜘蛛部分の4つの巨大な赤い目が僕らを射抜き、逃れることを絶対に許してくれそうもなかった。
アラクネは一瞬体を沈ませたかと思うと、5mの距離をたった一度のジャンプで詰めてきた。
ハエトリ蜘蛛のような低空で高速のジャンプは、そのまま前衛3人をまとめて吹き飛ばす体当たりでもあったが、一瞬の判断で一歩前に出たアーシアさんがカウンターでシールドバッシュをあわせた。
ゴツンと鈍い音が響き、アラクネの突進を止めることに成功しただけでなく、顔面を盾に強打しスタン状態にしてくれた。
前衛の崩壊を防いだアーシアさんのファインプレーだったけど、代償も大きかった。
盾はひしゃげ、メルディを巻き込みながら後方に吹き飛ばされたアーシアさんの左腕は、ダラリと垂れて力が入らないようだった。
脱臼か骨折か。どちらにしても厳しい状況になった。祝福のバフがあってもこれか…。
もちろん、こちらも黙ってはいない。
動きを止めたアラクネの左目の1つにトリスがパワーヒットをお見舞いし、水晶体は砕かれ陥没した。
ニーナは右側の目の1つを切りつけてダメージを与えつつ、前衛中央に立ち位置をずらした。
ヘイストのバフと俊敏のスキルで躱しきれるのか?でもやってもらうしかない…。
アラクネの上半身はスタンの影響にないようで、呪文のようなものを唱え始める。
魔法も使えるのかよと舌打ちしそうになったとき、カリンさんが未来視併用で放った矢が喉に突き刺さり詠唱を止めた。
距離が近いからなのか、今度は狙いどおりだったみたいだ。
何にしても今の判断は最高だよ、カリンさん!
高速ジャンプで付着していた酸が飛沫となって振り落とされてしまったので、僕は強酸のアシッドレインを再度お見舞いしてやった。
手数はこちらのほうが多いけど、一発の破壊力はアラクネのほうが上だ。勝負はどう転ぶか分からない…。
体を酸で溶かされながらも、アラクネはカマのように鋭利な両前足で前衛2人を攻撃してきた。
ニーナは低く水平に凪ぐような軌道の攻撃を、驚くことにジャンプして躱した。
ダメージも受けず、その最も危険な場所を死守する覚悟に感動すら覚える。
トリスは攻撃の早さに対応できず腰の辺りに直撃を受けてしまう。
金属の腰当てがひしゃげ、「うっ!」と苦悶の声がもれる。プロテクションが無かったら危なかったかもしれない。
それでも、トリスは地面に足が吸い付いているかのように体勢を崩さず、右側のもう1つの目にパワーヒットを打ちつけた。
重心の低さと怪力のスキル、祝福のバフと持ち前の根性。
全てをつぎ込んでの覚悟の相打ち。
いや、本当に凄いよ。しびれるね。
後方ではアーシアさんが立ちあがり、盾を捨ててエストック一本で前衛右に向かう。
尻餅をついた状態で、メルディはヒールを唱え、傷を受けたばかりのトリスに癒やしの奇跡を行使する。
HPの残量を考えて、アーシアさんよりトリスを対象にしたのもクレバーな判断だ。
カリンさんは後衛中央に移動しながら矢を放ち、人間の上半身の腹部に矢が突き刺さった。
僕は、残る最後の無傷の右目に、氷結、小、高速の消費MP8で氷の玉を放つ。
初手の未来視の矢が狙いを違えたことを考慮して、【高速】を選択したのが功を奏したのか、狙いどおり命中した。
視界の大半を奪われたからか、アラクネは小さく後方に1mほど飛び退き距離をとると、大きく口を開いた。
その挙動に僕はドラゴンがブレスを吐くときと似たものを感じ、咄嗟に防御の魔法を展開した。
無駄になってもいい、とにかく最悪のケースは防ぐ。
【幅3倍】で消費MP6のウォーターウォールを展開するのと、アラクネがその大きな口から大量の紫色の粘液を吐き出すのが同時だった。
粘液は水の壁に阻まれ、前衛3人に届くことは無かったけど、猛毒とかだったのかな…。とにかく防げてよかった。
水の壁が崩れ、トリスたち前衛3人が距離を詰める前に、カリンさんの放った矢がアラクネの人間部分の眉間に突き刺さり、悲鳴とともに上半身がだらりと後ろに倒れる。
ヒールがアーシアさんのダメージを幾分か回復し、接敵した3人の渾身の攻撃が蜘蛛の顔面を捉えた。
それがトドメとなり、アラクネは力なく倒れ伏した。
倒せたからよかったけど、やるべきじゃなかったと今ならわかる。
レベルが2つ上がった感覚があり、それが明らかな格上の強敵だったことを証明している。




