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第34話

ランチには少し早い時間にホームに戻ると、扉を開けた瞬間にリンゴと砂糖の甘い香りが鼻を刺激した。

それだけなら幸せな帰宅という感じだったんだけど、目の前には騒々しくも醜い争いが展開していた…。


「後生なのじゃ、一切れだけ味見したいのじゃ!」

「ダーメーにゃー!」

「やめてよ!落として割れたらどうするの!?」

リンゴのワイン漬けの瓶をトリスとニーナが奪い合い、それをメルディが止めようと叫んでいる…。

アーシアさんは?と思ってキッチンに目を向けると、満足そうにパイ生地を薄く薄く伸ばしていた。

周りが見えなくなるほど熱中して、楽しそうですね…。


「ただいまー、報告してきたよ。」

大きめの声で呼びかけると、みんながやっと気付いてくれた。

「あっ、おかえりなさい。」

「おぉ、戻ったか。ユウも一緒にどうだ?料理とは楽しいものだぞ!」

「ユウ、トリスを叱ってほしいにゃ!」

「告げ口は卑怯なのじゃ!」

なんか、あんまり状況が変わらないな…。

「みんな、ちょっと落ち着こうか。」

声が少し怒り気味になってしまったせいか、トリスとニーナも空気を読んで大人しくなった。


状況は聞くまでもなかったので、とりあえずトリスには反省してもらう意味でしばらく正座してもらった。

アーシアさんの伸ばした生地は、切って重ねて時間をおいたほうがいいらしく、実際に焼き始めるのは夕方になってからみたいだし、ワイン漬けも漬かるのに時間がかかるから、焼く直前までは触れないと約束させた。

朝から何も食べてないので、ニーナに昼食を買いにいってもらい、今はメルディとアーシアさんが楽しそうにリンゴジャムを煮立てている。


ニーナが戻ると、ジャムも火から下ろして冷ましている状態になっていたので、トリスの正座も終わりにして昼食の時間にした。

鯖サンドみたいなニーナのチョイスは、まぁ不味くなかったからいいけどね。


「そういえば、報告にいったときに、昨日渡した剣とか地図の報酬をもらってきたよ。」

「いくら貰えたにゃ?」

「金貨10枚になったよ。」

「すごい、私たち大金持ちですね!」

「まだ借金返済にはほど遠いのじゃ。」

「そうでした…。」

「フラワー・フラグメントは、借金があるのか?」

「心配しないでください。メルディの蘇生にかかった費用を僕が負担したので、余裕が出てきたら返済していく約束なんです。」

「そうか、そんなことがあったのだな。」


「とりあえず、各自が自由に使えるお金をもっていたほうがいいと思うし、金貨1枚ずつ渡して、残りはパーティー共通資産にしておくね。」

「金貨なんて、触ったこともなくて緊張します。」

「トリスはすぐに酒代で使い切るにゃ。」

「むぅ、否定することができないのじゃ…。」

「自分で稼いだお金を持つのは感慨深いな。」

みんな嬉しそうで、僕も心がホッコリする。


本当は魔法の武器とかをハクスラで手に入れるのを夢見ていたけど、現実はそんなに簡単じゃないことも理解できた。

そういうのはレベルを上げて、いつかダンジョンの深部に行けたときのお楽しみとしておこう。

今は、この賑やかで穏やかな仲間との共同生活で十分幸せだと思えるからね。


それからは夕方まで自由に過ごすことになって、部屋でゴロゴロしてみた。

こんなにノンビリするのは転生してから初めてだけど、テレビも携帯電話もないから時間を持て余すことになってしまい、ギルドに行って掲示板の依頼でも見てこようと外出することにした。


ギルドのある大通りを歩いていると、酒場の前にいた冒険者のパーティーの話が聞こえてきた。

「俺たちは先に飲んでるぜ。」

「さっさと換金してこいよ!」

「酌をする奴がいねぇと盛り上がらねぇからな。」

「は、はい。すぐに戻ってきます。」


嫌な感じだ。

男ばかりのパーティーに女性が一人、こき使われているみたいで正直不快だな。

背が高いし、スカウトしたいくらいだけど、ショートソードを腰に提げているから戦士なのかな?


小走りにギルドへ駆け込んでいった女性が気になって、到着してからも彼女のことをついつい探してしまう。

すると、リップルさんの隣の受付の最後尾に並んでいる後ろ姿を発見した。

彼女のことを知っていたら教えて欲しいと思い、僕はリップルさんの受付に向かった。


なんだろうな、イジメを止めるような勇敢な人間じゃなかったはずだけど。

もしかしたら、僕は彼女に、昔のどうしようもなくて卑屈に生きていた自分を重ね合わせてしまったのかもしれない。


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